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長谷部千彩さま

ときどき、年上の男子と年下の男子と私の三人で食事をすることがあります。年上は80代、年下は60代です。二人はいつもミネラルウォーターで、わたしだけがワインやお酒を飲むのです。なんとなくいつもヘンで楽しい集まりです。あるとき、二人に「歳をとってよかったと思うことはありますか?」と訊ねてみました。誰かの誕生日だったのかもしれません。年上の彼は「ない」と力強くひとこと、年下の彼は「ないと思うなあ」と少しためらいがちでしたが、歳をとることについてはよい印象はないようでした。女の人に同じ質問をしたら、ひとつやふたつは歳をとってらくになったことの例をあげてくれます。若いときの抑圧が男の人よりずっと強いからでしょう。

『歳月がくれるもの』(文春文庫 2022年)は田辺聖子の聞き書きのエッセイです。インタビューは2011年から2012年におこなわれたということなので、お聖さんは83歳から84歳のころでしょうか。今を生きる若い女性たちに向けての応援メッセージという感じの聞き書きですが、それは「やさしみ」や「やらかい気持ち」が満載のなんともソフトなことばを使いながら、しかし「人生には楽しいことはいっぱい!」というとても強靭なメッセージでもあります。「歳月がくれるものはある。」とお聖さんはキッパリと言います。

田辺聖子が自分で「夢見小説」と呼ぶ小説では、主人公の女の子たち(といっても彼女たちはだいたい30代)は恋愛や仕事でつまずいて、生きることの苦さを経験しながら、自分がひとりであることの自由と幸せを獲得していきます。女の子のごくふつうにあるちいさなことの連なりである日常。その女の子が生きているからこそ起きるストーリーには、人生にはいろんな可能性があるという広がりがあり、セクハラもパワハラもまだまだあるけれど、それでも、女の子に生まれた喜びに満たされるパワーがあります。

夢見小説の主人公の女の子たちは、きびしい現実におかれたとき、健康で仕事があればなんとかなる、とわりと楽観的に自分の力を信じるのですが、いまはそう楽観的にはなれないことも確かですね。たとえば、いろんな事情で女の子がひとりでこどもを育てることになったら、すぐに貧困に陥ってしまうのがいまの世の中です。健康で働く気力もじゅうぶんにある一人の人間がなぜ貧困に苦しめられなければならないのか。それは弱い者や少数者に皺寄せが行くような国のシステムのせいだと思います。

『歳月がくれるもの』でもっとも印象に残ったのは「女の人みんなに言いたいわ、これからの女性はいい男の子を育てる義務がある。」というひとことでした。時間がかかっても、これこそ国や世界のシステムをきちんと変えていく最良の方法のような気がしてきます。育てる男の子とは、自分の息子だけでなく、父や夫や恋人や兄弟も含まれるのではないか、と。

そんなことを考えていたら、最初に書いた、ふたりの男の子(!)への質問のしかたがよくなかったことに気づきました。「歳をとってよかったと思うことはありますか?」ではなく、「歳月がくれるものはありますか?」と訊くべきでしたね。次の機会にはもう一度そんな問いかけをしてみようと思います。

2024.3.25(満月の日に)
八巻美恵

八巻美恵 YAMAKI MIE 編集者  suigyu.com