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長谷部千彩さま

ご無沙汰しているうちに二月もおわってしまいそうです。
お変わりありませんか?
映像のお仕事はもう終了しましたか。案外時間がかかっていて、その最中かもしれませんね。

まだ寒いけれど、空気にはすでに春がいっぱい含まれているのが感じられて、外を歩きたい気持ちがむくむくとわきあがってきます。
江國香織曰く、「さよならをいうのはすこしのあいだ死ぬことだ、と言ったのはフィリップ・マーロウだけれども、散歩をするのもまた、すこしのあいだ死ぬことだ。」
同志よ、と言って江國さんと握手したいな。道にみちびかれるままにただ歩いていると日常とは別の時間に脱出する、それがつまり「すこしのあいだ死ぬこと」なのだと思います。すこしのあいだ死んで、生き返ると、完全に再起動状態になっていることがあり、それは私の経験では歩くことでしかもたらされないものです。

ここ数年、韓国の文芸作品がたくさん翻訳されるようになりましたね。翻訳小説が好きなので、書店ではまず、外国文学のコーナーを見るのですが、このごろは韓国の小説がコーナーのほぼ半分を占めています。こんなこと、これまではなかったなと驚いてしまう。しかも著者のほとんどは70年代から80年代生まれで、それも女性のほうが多いのです。誰でも知っている大きな出版社からも、あまり知られていない小さな出版社からも、競うように、あるいは共闘するように翻訳が出ているところがすばらしい。関係の深い隣の国の同時代の文学作品がこんなにたくさん翻訳されるのは、もちろん作品がおもしろいからだとは思うけれど、そういう時代が来たということかもしれません。
この大きな波に乗るように、今年になって『「知らない」からはじまる 10代の娘に聞く韓国文学のこと』という小さな本が出ました。サウダージ・ブックスの編集人アサノタカオさんが高校生の娘さんの(ま)さんに韓国文学のいくつかの作品についてインタビューするという成り立ちの本です。116ページなので、読み始めたら最後まで一気に読んでしまえるのがいい。父親のアサノさんにも作品について言いたいことはたくさんあると思うのですが、インタビュアーに徹して(ま)さんの話をちゃんと聞いているのはさすがです。波をうけとめてこういう本を出してしまうフットワークのよさは小さな出版社だからでしょう。そして、高校生の(ま)さん。韓国への興味はK-POPが入り口だったようですが、ほどなく文学の波を一身に浴びてしまったわけですね。きっと彼女のような人はたくさんいるはず。「知らない」からはじまってどこまで行くのか。若いときに自分の国以外の文化を体験し共感することは、彼女自身と世界の未来に大きく作用するのではないかしら。
恐れていたように、きょうはウクライナで戦争がおこってしまったので、そんなことを考えています。

2022.02.24
八巻美恵

八巻美恵 YAMAKI MIE 編集者  suigyu.com