東京・消失・映画館 第ニ回辻本マリコ

tsujimoto2

夏に公開された映画は東京を漂い、
つかまえたのは春のはじめだった。

雷門をくぐって仲見世を歩き、ひょっと曲がって六区。馬券売場のモニターに男性陣が熱視線送るのを横目で見つつ映画館が並ぶ一角へ。浅草中劇会館には映画館が2つ。浅草名画座は寅さんやトラック野郎がかかる邦画3本立て、浅草中映は洋画2本立て。

チケットは何曜日でも女性ならば安い。入替なく出入り自由。芳香剤ボールのケミカルな匂いたちこめる女性トイレは、入口に「男性が入ったら痴漢で通報します」と警告文が貼ってある。客席の最後列、扉のそばにレディースシートが並ぶ。この位置・・・何かあった時、すぐに逃げられるように?ただ女性であるだけで過保護なほどに守られる、その事実に逆に怯えながら、おとなしくレディースシートに座ると灯りが消えた。

グラインドハウスとは、かつてアメリカ都市部の場末にあった映画館のこと。アクション、バイオレンス、お色気、スプラッター・・・あらゆる種類の過剰な刺激を提供するB級C級映画が一日中かかり、観客は男性ばかり。劣悪な状態のフィルムが途中で焼けたり、フィルムリールが欠けていて物語の辻褄が合わないことなど日常茶飯事、おかまいなしに上映は続いたらしい。

クエンティン・タランティーノがグラインドハウスを現代に甦らせるべく、ロバート・ロドリゲスと製作・監督した「グラインドハウスUSAヴァージョン」は、ゾンビ映画とカーアクション映画の2本立ての間に架空のC級映画の予告篇が挟まれる。わざとフィルムに傷や焼けの加工が施されるなど、グラインドハウス気分を味わうための忠実な再現が随所にあって、重度の映画・映画館好きで知られる監督ならではのサービス精神に溢れている。

ぐにゃり歪んだ人間が緑の液状ゾンビになって暴れまわるのを眺め、色っぽいヒロインの仇討ちを応援し、くだらない予告篇に脱力しつつ一息つき、極悪男が繰り広げるカーチェイスの不死身っぷりにイライラが募り、イライラが絶頂に達した時、世にも気持ちいい復讐ターンが始まって、まさかの踵落とし一発で映画が終わった。THE ENDが写された瞬間、場内爆笑のちにどよめき、どよめき声の大きさで意外と観客がいたことを知った。

不慣れな映画館への怯えさえ、映画の快楽を増幅させるための仕掛けだったのか。東京じゅう探しても、浅草中映ほどグラインドハウス映画にふさわしい映画館は他にない。シネコンで見逃したことすら、映画の神様の粋な采配としか思えない。代謝が上がった身体で外に出ると花冷えの夜気にあたって歩く。夜になり禍々しさが増した六区を抜けると、浅草寺の散り際の桜が濃紺色の月夜に映え、花札の絵の中を歩いているみたい。

日本最初の映画館・電気館が誕生して以来、最盛期には30館が軒を連ねる映画興行のメッカだった浅草六区から、2012年、一斉に映画館が消えた。最後まで残った数館は、往時を知る常連のために毎日新しい映画がかかるよう、毎週の番組入替の曜日をずらす工夫をしたらしい。今日は寅さん明日は洋画、映画の合間に競馬や食事、ひらひら界隈を漂っていた常連たちは、日々をどう過ごしているのだろう。再開発計画によると、新しく映画館が生まれる予定はないと聞く。

浅草中映
1950年開館、2012年閉館