東京・消失・映画館 第一回辻本マリコ

illust_resize

2014年、東京は、
いくつ映画館を失ったのだろう。

年末、最期を看取る気分で新宿駅東口の階段を上がり、歌舞伎町へ。コマ劇場跡地に建設中の高層ビルには、最新設備のIMAXもあるシネコンができるらしい。角を曲がると、タイムリープSF映画のように視界は一瞬のうちに昭和に飛んだ。1064席の座席数と大スクリーン、日本最大級の映画館・新宿ミラノ座。くすんだ壁の色、何色と呼べばいいのだろう。生まれつつある映画館と消えていく映画館。コントラストを感じられるのも期間限定のことで、新陳代謝の激しい東京らしい。

LAST SHOWと名付けられた閉館プログラムには大スクリーンにふさわしいタイトルが並び、アニメがかかる回は熱心なファンのつくる行列が西武新宿駅の改札まで届いたと聞いたから、早めに着いたつもりだったけれど、「アラビアのロレンス」の行列もなかなかのもの。それでも入場してみると客席の埋まり具合は6割ほどで、あらためてその座席数に面食らう。スクリーンには開館以来の外観の変化と、おもな上映作品のスライドが流れている。観た映画の思い出だけでなく、歩いていて建物が視界に入ると、その存在で自分の位置を確認する、新宿ミラノ座は歌舞伎町の中心だった。

ざっくりとあらすじや歴史を予習してきたせいか物語を見失うことはなかったけれど、「アラビアのロレンス」は、記憶の遠くにあった戦争ヒーローものというイメージはずいぶん間違ったもので、ロレンスのキャラクターはつかみづらく、物語はほろ苦く複雑だった。インターミッションをはさみ堂々4時間の上映は、あっという間に過ぎるということもなく、その長さは身体が受け取った。

激しい喉の渇きを覚えた時、1分間が永遠に思えるような体感があった。映し出される砂漠は刻々と表情を変え、地表からの熱で陽炎が揺らめくさままで記録されている。なんて大スクリーンに似合う映画なのだろう、と思ってすぐ打ち消す。大スクリーンが似合わない映画など、この世にあるのだろうか?

万雷の拍手が響き照明が点いた。からからの身体で立ち上がり見渡すと、ほぼ満席だった。どんな大作の封切りや熱心な観客が集まる映画祭でも、客席にこれほどの熱はなかった。そんな熱を閉館プログラムで味わうなんて、皮肉なことだと思う。

LAST SHOWにふさわしく、ロビーのあちこちに古いポスターが飾られ、上映前には支配人の挨拶があった。挨拶が終わりスポットライトが消えた後も、懐中電灯の小さな灯りが残ったので、そちらに目をやっていると、支配人はしばらくスクリーンを見つめ、映写開始を見届け、そっと出て行った。もぎられたチケットは大行列に対応するための気忙しさか、荒く斜めにちぎられていた。これまで映画を観せ続けてくれた人たちの顔を初めて見た。別れ間際に、ようやく。

新宿ミラノ座
1956年開館、2014年閉館