『取次屋栄三』
岡本さとる(祥伝社 2010年)
古本屋で馴染みのコーナーを振り返ると、とある背表紙が目に飛び込んだ。時代小説コーナー、いつもはその存在すら忘れていたジャンルの一冊だった。普段なら理性的に手にも取らずにいたことだろうけど、妙に惹きつけられた『居酒屋 お夏』というタイトルにいつもと違う既視感を憶えて、「これも一期一会だよな」と柄にもなく四字熟語を思い出した。250円だから読んでみるか。
まさかこれほどまでに時代小説に夢中になる自分がいるとは驚いた。作者の岡本さとる氏は舞台や『水戸黄門』などTVシリーズの脚本を手がけられているそう。一冊に4篇ほどの短編が絶妙な関わり方で小気味好く進行する。人情沙汰から悪を懲らしめるという絵に描いたようなストーリーが、7インチのポップソングの詰まったジュークボックスのように魅力的に感情を揺れ動かしてくれる。「侠気」や「恥」を基本とした日本人の気持ちも再確認しながら。
仕事の移動と湯船に浸かる時間はすべて江戸時代中期にトリップしている。取り憑かれたように読んだ『居酒屋 お夏』の新刊を待つ間に、同じ作者の『取次屋栄三』シリーズに手を伸ばした。これがまた痛快で現在11巻目。人の間を取り持つ剣客の秋川栄三郎を中心に、周囲の世界がしなやかに成長していく姿が愛おしく、自分にあれこれ理由をつけて1日2回湯船に浸かる。この身も少しは垢抜けてきたかもしれない。
ウィルヘルム・ライヒの本と同じく、僕はこれを人にはお薦めしないだろう。いつでも自分に足りない部分が、本との出会いというカタチをとって心のパーツの一つとして充たされるのだから。それでも「袖振り合うも多生の縁」、これほど魅了されている世界について友人達には「今、とっても夢中な時代小説があってさ!」とお酒のついでに話していることをここに認める。