第七回 インセプション
バルセロナ、モンジュイックの丘に建つ国立カタルーニャ美術館。1929年開催のバルセロナ万国博覧会メイン施設として建設された国立宮殿の建物を引き継いでいる。「宮殿」の名に相応しい壮麗な左右対称の建物の中央を奥に進むと、巨大な空間が出現する。周壁は上下二層に分かれており、上層にはパイプオルガンが佇み、周囲を石柱が規則的に並び高い天井を支えている。石柱の背後には、ガラス板と白い枠組からなる小部屋がいくつか増築されている。中にはガラス板ではなく鏡をタイルのように用いた箇所もあり、窓から降り注ぐ太陽光をふんだんに反射していた。鏡壁は緩やかなアーチを描き、且つ階段状に配置されており、鏡一枚一枚、微妙に違う視点から向かい側の様子を取り込んでいる。少しずつ差のある空間の姿は、まるでそれぞれが異なる時空のよう。一枚ずつ鏡を覗き込んでいると瞬く間に時間は過ぎ、鏡の奥の世界をもっと堪能するため翌日もカタルーニャ美術館奥に足を運んだ。
映画『インセプション』の主人公は、他人の意思決定を操るために標的(個人)の夢に集団で入り込み、脳内に情報を植え付ける仕事を請け負った情報スパイ。現実と、複数の階層に分かれた夢の世界を行き来しながら物語は展開してゆく。標的の夢の世界を乗っ取り、存在を気付かれないようにするため、スパイ仲間には夢の空間を構築するデザイナーがいる。現実世界と瓜二つでありながら、何かがおかしい夢の世界。場面が切り替わる度、観客は夢か現実かを見破ることが出来るかどうか、映画から挑戦を受ける。私は映画を追いながら頭の中で夢と現実の階層模型を築く。時空が縦横に繋がってゆく模型は、バルセロナで出会った鏡が積み重なった姿に徐々に似てきた。映画を見ながらそれぞれの時空が具体的になってゆくスリルは、バルセロナで一枚一枚の鏡を覗き込みながら、異なる形に切り取られた現実の姿を見つけてゆく楽しさを思い出させた。