第一回 ボニー・パーカーの昼寝
想像してみたことがある。
将来、私はどんな大人になるのだろう。
きっと結婚していると思った。
子供がふたりいるだろうと思った。
メガネをかけて、もこもこのパーマをかけているんじゃないか、と思った。
水色の綿のエプロンをしているだろうとも思った。
夕方になったら、買い物に行って、食事をつくる。
働いている姿は思い浮かばなかった。
六歳の私が知っている職業は数えるほどしかなかった。
そのどれにも自分はならないような気がした。
そして、いま、私は大人になって、メガネもかけていなければ、もこもこのパーマもかけていない。
エプロンは水色じゃなく、白地にエッフェル塔のプリントだし、夕方になっても買い物には行かない。
文章を書いたりして暮らしている。
お母さんにはならなかった。
だけど、映画の中で観たケリーバッグを持って歩いている。
映画の中で観たバレエシューズを履いて歩いている。
幼かった私には絵空事だとしか思えなかったのに、
私は、マリアがトラップ大佐と結婚式を挙げた教会の前だって歩いたし、
アントワーヌ・ドワネルが駆け下りた階段に腰掛けたこともある。
ハリー・ライムの乗った観覧車はデートの時に遠く眺めた。
インポテンツの男と銀行を襲ったりはしなかったけれど、
ボニー・パーカーみたいに何度も裸で昼寝はした。
大人になると世界は縮む。
大人になると映画と現実は近づいていく。
大抵のヒロインよりも私は既に年上で、彼女たちの恋を嗤ったりもする。
若いわね、って。
これから始めるのは、そういう話。
(第一回 ボニー・パーカーの昼寝)