RANDOM DIARY:COVID-19 中沢千枝

コロナウィルスが存在する世界で暮らす一週間。
標高1670mのクリスマス。10ピースのチキン。
和太鼓と柚子湯。鞄の中にはチップの人形。
気温-10度の世界にふくらむしゃぼん玉。

2021年12月21日(火)

 5時半起床。
 娘2人のお弁当を作る。
 夕食の残りやあるものを適当に詰めるだけなので、10年間、週6日お弁当でも負担は感じない。
 保温ジャーのお弁当セットは2つとも外見が同じ。メニューも同じ。でも少食の長女(高3)と大食いの次女(中2)では量が違うので、取り違えるとお互い残念なことになる。
 今日は2色そぼろ、根菜スープ、フルーツ(みかんとりんご)。
 そういえばカレーライスの日、うっかりごはん2つ入りとカレー2つ入りにセットしてしまったことがあり、2人から大クレームを受けた。幸い敷地が同じ学校なのでランチタイム中に交換できたようだけれど、気をつけないと。

 6時半、2人を駅まで車で送る。
 7時半、帰宅して朝食。
 パン好きなのは今も変わらず。固くてクルミとレーズンが入ったパンをカリッカリに焼くのも変わらず。昨年の緊急事態宣言を機にお気に入りのパン屋さん数軒が通販を始めたので、朝食の選択肢が広がった。便利だし嬉しい一方、店先で焼き上がりを待つ時間やお店の人と話す楽しみ、友人と買いに行く楽しみは久しく味わえていない。

 午前中は事務仕事を片付けるつもりだったのに、週末の大雪で見事に積もった雪の塊と格闘していたらお昼になってしまった。
 午後は三者面談のため学校へ。昨年以来、面談は極端なソーシャルディスタンス(2メートル以上ある!)とアクリル板越しに行われ、その形式は今年も同じだった。大きな声を出さないと会話が成り立たない微妙な不便さもさることながら、我が家も含め遠距離通学者が多い学校なのでオンラインという選択があってもいいのになぁと思う。

 終了後、学校そばの県立美術館へ寄り道。東山魁夷の唐招提寺展を観る。平日の夕方は静かに鑑賞できるからと長女に誘われた。今月2回目。
 長女は小さな頃から日本画や水墨画に興味を示していたけれど、私が高校生の頃は父親が蒐集している掛軸みたいな世界観が苦手で、避けるかのように現代美術館ばかり行っていた。
 1時間と少し、車中であれこれお喋りしながら帰宅すると19時。
 慌てて夕食の支度をしつつニュースを見ると、再び大雪の予報。若干気落ちしながら一日を終えた。


2021年12月22日(水)

 朝から昼にかけては昨日と変わらず。
 日を増すごとに雪が固く重くなり、スコップひとつでは全く捗らない。
 普段、山の上では道路も駐車場も全てプロのブルドーザーが除雪してくれるので、雪国暮らしが長いわりに実は殆ど雪かき経験がない。だから時々必要に迫られて雪かきをすると、道路と崖の境目の判断を誤り危険な目に遭ったり、落雪の半端ない轟きにビビッてしまう。

 午後は娘と和太鼓の稽古納めへ。
 長女と息子が小学生のころに始めた和太鼓。いつしか次女も稽古を始め、最終的には送迎係の私まで撥を握っていた。
 リズム感も体力もないうえにアドリブに弱い私には、正直向いてないと思うけれど、「認知書の予防にもいいですよ」という親方のひと言になぜか心を掴まれ今に至る。
  口伝の稽古は、ひとつひとつ聞き逃してはならないと脳が必死になって働いている気がするし、舞台での程よい緊張感も刺激があるけど、果たして予防されているかどうかはもう少し先にならないとわからない。
 若干、邪な気持ちで入門してしまったけれど、本気で厳しく指導してもらえる時間がなんとも貴重に思え、ここ数年、稽古が行われる水曜日の予定は極力入れないようにしている。
 これまでスポーツにも身体を鍛えることにも全く関心がなかった人間が、汗だくになって全身を使う日が来るなんて。自分も周りも驚いている。

 とはいえ実際問題、昨春から世の中の状況に応じて度々稽古場が使えなくなり、祭事も舞台も皆無に等しかった。夏が来るころ稽古が再開したかと思うと冬には再びの自粛要請、そんな繰り返しのなか細々稽古を続けてきた。ワクチン接種が終わった人から3~4人程度に人数を分散させたり、息苦しさ覚悟でマスクを着用したり、寒いなかでも窓全開だったりと、今までにない制約を伴いながらではあったけれど。それでも稽古ができることが嬉しかったし、誰にも会えない毎日のなか、画面越しではなく誰かに会えるということも嬉しく、周囲に心配や迷惑をかけないように健康管理にはものすごく気を使ったし、今も油断はしていない。

 帰宅後は、南瓜を食べて柚子湯に入る。長く厳しい冬、今年もなんとか乗り越えられますように。


2021年12月23日(木)

 いつも通り娘たちを駅に送り、朝から自宅の清掃。
 年末の大掃除と言えば聞こえは良いけど、只の引っ越し。

 私が住む地域特有の暮らし方なのか、大半の人々は山の上と山の麓に家がある。
 冬は雪山で宿泊業や索道に携わり、春から秋にかけては麓で農業や他の仕事に携る家庭が多い。我が家も二箇所に家はあるものの、仕事は観光業ひとすじなのでずっと山の上で暮らしていた(標高1670mの国立公園で観光と飲食の仕事に携わっています)。でも、新型コロナウィルスが蔓延してからは大打撃を受け、ずいぶんと暇になったことやスタッフを自宅待機にしたこと、子供たちの都合など幾つかの要因が重なり2020年の4月から麓の家で暮らすようになった。
 暇になったからといっても仕事があるので、ほぼ毎日山に通う生活が続いていたけれど、冬の間はさすがに拠点を戻さなければならず引っ越しをした。

 連日の雪かきによる全身筋肉痛のなか、自分の書籍や仕事道具と防寒具、娘たちの教科書やパソコン、無駄に多いと思われる洋服、靴、バッグ、コスメが入った衣装ケースと段ボールの数々をひたすら車に積み込む。僅か20キロの移動距離なのに民族大移動のような荷物の量に辟易する。

 今日は運よく太陽が出ていて暖かく、山道の半分は雪が解けて路面も乾燥していた。油断していつも通りのスピードで走ってしまい、途中、日陰の凍結箇所で我に返る。
 家まで5分の辺りで完全に雪山仕様の道路になるけれど、ここからは勾配が緩くトンネルにさえ気を付ければなんとかなると思っている。でも、天気の良いときほどトンネルでの事故が多いので、後続車に嫌な顔をされようと必ず減速している。

 無事に着いたところで息つく間もなく、目一杯積み込んだ荷物を下ろし、自室に運び込む。山の自室はあまり広くないので、毎回箱を積み上げてはほとんど開けることなく春を迎えてしまうものもあるけれど、それでも「あれが読みたい!」となった時に手元にないのが嫌なので重くても手間とは思わず運び込む。
 うなぎの寝床のような数畳の小さなスペースに、天井近くまで好きな本を並べて、この窮屈な空間で本を読んだりゴロゴロするのが至福の時間。寝落ちることも少なくなく、家族の誰もが「絶対、大地震来たら本に潰されるからね!」と忠告するけれど、今のところこのスタイルを変える気持ちには至らない。
 そんな会話を今日もしていた矢先、小規模な地震が続いた。


2021年12月24日(金)

 当然のことながらホワイトクリスマス。
 雪山のクリスマスは仕事の繁忙期。
 毎年、絵本や映画に出てくるような手をかけた料理を作る余裕はないからKFCのチキンが御馳走。
 昨年はさすがに静かなクリスマスではあったけれど、お客様がいればそれなりに忙しく、いつものチキンを皆で食べた。今年もどうなることかと思っていたけれど、昨年よりも少し忙しく、やはりチキンとスープで夕食を済ませた。

 ほんの数年前までは、本業以上に親サンタ業がなかなか大変な仕事だった。早々書かれた手紙を靴下のなかにみつけては万端に準備する。それだけのことなのに、直前で書き直されちゃったり、なかなか決まらない年があったり、うっかり色を間違えて返品交換したり、Amazonサンタには何度も何度も本当にお世話になった。

 いつしか3人ともおもちゃに興味を示さなくなり、欲しいものが画材やユニフォームに代わり、ライブや舞台のチケットに代わり、最終的にはiPhoneやiPadに代わった。それも「2年分のクリスマスと誕生日を併せた贈り物でいいです」とか「貯金が足りないので幾らか補助して欲しいです」とか妙にリアルなお願いになっていた。そして今年にいたってはもはや誰ひとり手紙を書くことなくクリスマスが終わった。皆、必要なときに欲しいものを買う年齢になったのだ。

 既に息子は家を出ているし、長女もこの食卓でチキンを頬張るのは今年が最後。次女だって、遠征があれば不在かもしれないし、いずれにしても数年後にはこの家を離れるはず。12ピースだったチキンが10ピースになり、来年は8ピースでも余ってしまうかもしれない。

 今まで当たり前だったことが終わったり、離れてしまうことを少し寂しく思う一方、長女から「来年は○○のシュトーレン送るね〜」とか「仕事休んで遊びに来ちゃえばいいじゃん」なんて言われると、これから始まる我が家のニューノーマルが楽しみで仕方がない。  現実は、きっと来年もクリスマスは忙しく働いているのだろうけれど。


2021年12月25日(土)

 いつもの時間に起きるも、学校はクリスマスなのでお休み。でも次女はアルペンの練習があるのでお弁当を作り、朝食を済ませて早々仕事を始める。
 こんなに大雪なのに、道路は見事に除雪され、リフトも動いている。

 今日から自然体験ツアーの受け入れが始まり、とても賑やかで慌ただしい5日間が始まる。幾つかのツアーが重なるが、どれも幼児~中学生の子供たち。それぞれに行程や食事が異なるので、常に時計をみながらあれこれ段取りをする。

 少し前まで放送されていたドラマ「二月の勝者」で夏合宿の場面が出てきたけれど、我が家では2020年の夏まで都内にある幾つかの学習塾に合宿会場として利用してもらっていたので、リアルに熾烈な戦いを目の当たりにしてきた。
 あいにく昨年も今年も新型コロナウィルスの影響で合宿はキャンセルのままだけど、時折連絡をくださる講師の方々のことを思いながらドラマを観ていた。

 当時、同じ年齢の子供たちが早朝から深夜まで必死に勉強している姿を見て、我が子たちも刺激を受けるかと少しの期待もしてみたが、全くの他人事でがっかりした。それどころか家からサーッと居なくなり、クワガタ採りにいったり、砂鉄を集めて動くスライムを作ったり、空き缶を削って花火を作ったり、自由研究だけ必死に取り組む毎日だったことを思い出した。

 そして、今でも我が子は気温が-10℃を下回ると、外へ出てしゃぼん玉を凍らせたり、アイスクリームを作ったり、タオルを振り回してみたり。サンタクロースに手紙を書かなくなったとはいえ、まだまだ子供じみたことをしている。もちろん、今日もタオルは一瞬で凍った。

 夕食後、再び事務所へ戻り館内のBGMを変える。
 26日の朝、うっかりクリスマスソングが流れてしまわないように。
 ツリーは消灯後、夜警さんに片づけてもらうようにお願いをして本日の任務は終了。


2021年12月26日(日)

 しきりに報道される大雪の予報。
 未明から心配して何度もカーテンを開けたけど、暗いうえに猛吹雪で何もみえない。一体どれだけ降ったのかと思ったら案外雪は積もっていなかった(60センチ程度)。
 窓からまだちゃんと空が見えるし、明かりも入ってくる。

 昨夜遅くに冬休み中の息子が帰ってきて、早速朝5時半からレストランで働いている。
 4月に家を離れて以来、ちゃんと帰省したのは初めて。2ヶ月もある夏休みは部活を理由に帰ってこなかった。

 わずか1週間の冬休みに帰宅したのは、部活が無いことと、友人と一緒にバイトしつつスキーをするためだと言っていた。
 だから帰省したといっても同じ建物内にいるというだけで、住居も食事も日々の行動も全く別。お互い帰省感はほとんど無い。

 久しぶりに会ってみると、身長が更に伸びていて、髪型も変わって、ピアスをつけて、なんとなくいまどきの高校生になっていたので少々驚いた。

 彼が通っている学校は、単位さえ落とさなければ何もかもが自由で、いわゆる校則もなく、服装も髪型も身に着けるものも何の規定も無いので本当に自由に過ごしている。
 今は校内にある寮で暮らしているのだけれど、本来、新入生は先輩と2人1部屋になる予定だったのに、新型コロナウィルスの影響から完全個室で入寮した。だから厳しいと噂されていた寮生活も、案外快適なのではないかと思われる。

 仕事ぶりを直接見てはいないけれど、お客様から聞く話(私の息子とは知らずに)や、スタッフからの報告を聞く限り、それなりに社交性が身につき始めているようで、少し安心する。これまで兎に角シャイで、無口で、積極的に他人と接したり、人に注目されることが大の苦手だったのに、レストランの受付やサービスを自らかって出るとは・・・。

 それでも、本質は変わらないと思う一面も垣間見られる。
 夜遅く、始業式に出さなければならないからと書類を持ってきた。
 課題とパソコンが入った重そうな鞄に、2歳のときから一緒に寝ているチップの人形が入っているのを私は見逃さなかった。


2021年12月27日(月)

 4時45分起床。
 2学期最後のお弁当作り。
 昨日まで大雪だったし、先週同様に電車の一部が止まって、公欠扱いになると思っていたけれど、そういう時に限って平常運転のアナウンスが流れてくる。
 ちゃっかり休んでスキーの練習に行こうとしていた次女は、残念がっていた。
 一方、もうすぐ卒業を迎える長女は、少しでも多く友達と過ごしたいのでホッとしていた。

 6時15分、娘たちを送り出し、急いで仕事を始める。
 繁忙期に入って3週目。
 そろそろみんな疲れが出始めている。
 私は山に戻ってまだ5日目だから全然疲れていないのだけど、休憩時間が殆どないから山積みの荷物が気になって気になって仕方がない。でも荷解き始めたら部屋が散らかり、そのまま新年を迎えることになりそうなので、仕事道具と貴重品の他は手つかずのまま。
 大切に持ってきたシュトーレンも、本当は仕事の合間に一息つきながらつまみたいけれど、事務所でお茶を入れたりおやつを食べることをこの1年半自粛しているので、なかなか食べ終わらない。乾燥が酷くてマイボトルに入れたお茶とのど飴は常備しているけれど、数人でお茶を飲みながらお喋りしていた頃が少し懐かしい。

 きっと他にもそう思う人はいるはずで、エントランスのロビーのソファでは「飲食禁止ですか?」と訊かれることが増えた。
 これは2年前にはなかった質問で、むしろ「持ち込みはご遠慮ください」とお願いしたいほど、早朝に到着したり夜行バスを待つお客様の多くが当たり前のように飲食をしていた。

 自分にとっての当たり前が他人にとってはそうではないように、ほんの少し前までの当たり前が今はそうではないことが多くなってきた。
 私の住む地域では、冬には美味しい林檎を当たり前のように食べていたけれど、今年はびっくりするほど不作なうえ、いわゆる蜜の入った立派な林檎は採れなかった。
 学校は行けて当たり前、行くのが当たり前だったのに、休校の日々が続いた。
 繁忙期は忙しくて当たり前だったけれど、お客様がゼロの日もあった。
 雪も降って当たり前、積もって当たり前なのに、全く降らない年もある。

 2020年の春以来、不安と希望が入り混じりながら毎日過ごしているけれど、結局今も明確な答えや正解が見えないまま。そんななか、少しでも豊かな気持ちで過ごせるように、自分が好きと思える人や事柄を大切にしながら新しい年を迎えられたらと思う。
 年の瀬に大好きなmemorandomに関われた嬉しさからか、2021年もいろいろあったけれど、けっこう楽しく過ごしてきたなぁと独り言つ。