RANDOM DIARY:COVID-19 川越麻紀

コロナウィルスが存在する世界で暮らす一週間。
喜寿の祝いとダニエル・クレイグの青い瞳。
笑いにスパイス。予約のとれないレストラン。
「茅ヶ崎Food Action」と小笠原へ向かう船。

2021年10月23日(土)

今日は第四土曜日。店の定休日。朝からマンモグラフィー検査があるので、ゆっくり寝てられず、出遅れ気味に病院へ急ぐ。
近くの駐車場へ車を停め、小走りで病院に向かうも、マスクをしていないことに気付き、慌てて車へUターン。助手席との間に置いた箱入りマスクの中から一枚ひっつかんで、また小走りに。ギリギリセーフで滑り込めた。でも30分以上待たされる。待合室は満席。コロナっぽい人は見当たらない。

数年ぶりのマンモグラフィー検査だったけど、うめき声が漏れてしまうほど痛くてびっくり。こういった女性特有のことを男性に想像してもらうには、何に例えたら伝わるのかな。お尻の肉を車のドアに挟んだまま、ドアを力いっぱい蹴られてそのままずっと押されてた、といったら近いかな。
レントゲンの写真を見る限りではちっちゃい石灰化はあるものの、問題ないものだろうと。詳細は3週間後。検査終了。おっぱい元気でなにより。

喜ぶ間もなく今日のメインイベントの準備に。お昼ご飯食べ忘れたなぁ。
父が「もうすぐ俺様の77歳の誕生日なんだ喜寿なんだ」と毎日うるさいから、久しぶりに家族でランチでも行かないか、と母からメールが。
せっかくだから、ただのランチと思わせて、サプライズでお祝い料理を作ることにした。

この一年半、コロナのせいで宴会予約がほぼなくなって、コース料理の組み立てを考える「反射神経」のようなものが衰えてきている。以前はパズルのピースが一瞬で埋まるCGのように、メニューと必要な食材と段取りがすぐに頭の中に集まってきた。今は、うーん、とあれこれ考えてしまう。
家族それぞれ好きそうな、でも食べた事なさそうなものを少しずついろいろ。メニューと食材を書き出し、買い出しに。マスクして早歩き。苦しくて時々マスクをずらして立ち止まる。早歩きの意味がないよな。

店にいるとシャッターは半分降ろしているのに、「やってますか」とお客さんが何人も来てくれる。
コロナの前はなかなか知名度が上がらなくて、もう限界かなと閉める決断をしていたのにね。ホント、なんてありがたいことだろう。
コロナの危機を乗り越えようと街の人が立ち上げた飲食店救済大作戦「茅ヶ崎Food Action」のおかげでうちの店も知ってもらえて、お客さんがぐんと増えた。友人を介した口コミのおかげで来店してくれる人も増えた。この夏は全国区の媒体のいくつかでうちの店を取り上げてもらう機会もあった。まさに「コロナからの贈り物」。人生、何があるか本当にわからない。

全介助状態の弟が、うちの店に入るのは今日が初めて。私は父の喜寿よりもこっちの方が嬉しかった。特注の大きな車いすも無事入口を通れてテーブルに付けられた。弟も嬉しそう。

地元産の食材をなるべく使って作った料理を並べる。前菜盛り合わせ、サラダ、魚、肉。最後にご飯ものもと思っていたけど、もうお腹いっぱいというので〆のドリンクで終了。どれも喜んでもらえて良かった。
でも一番喜ばれたのは、「Happy birthday」の文字の入った、てっぺんにロウソクの飾り物がたくさん載っているバースデーケーキの形をした帽子を父に被らせたこと。元来アホなことが大好きな父も、毎日父に振り回され疲れ果てているカサンドラな母も大笑い。その様子を見て弟も大笑い。母には100均で買った安っちいティアラを付ける。さらに大笑い。アスペと認知症が混ざってめんどくさい性分になってきた父も、今日は純粋に楽しくて気分が良かったに違いない。
笑えるって、いいね。これが今日一番良かったこと。幸せな思い出ができた。


2021年10月24日(日)

今日は日曜日で店の定休日。パートナーとランチへ行く予定。でも休みの日はゆっくり寝ていたいから目覚ましはかけない。
9時30分ごろに目が覚める。もっと眠りたい。でも二度寝すれば間違いなくお昼を回る。葛藤。

ランチは時々行くお蕎麦屋さんへ。珍しくカレー南蛮を食べた。お出汁の効いたカレーの味がしみじみおいしい。ぐびぐび飲んじゃう。麵より先にスープが減るパターン。
二人で何かを食べるときは、途中でお互いのを交換して両方の味を楽しむのが暗黙のルールになっている。でもケーキとかアイスとかフィンガースナックとかの一口目は、彼は自分の分から私の口に押し込んでくれる。それは兄弟の一番上のお兄ちゃんが下の子の口に飴玉を突っ込むようなものだ。その力強さがうれしい。

蕎麦屋を出て、久しぶりに映画へ。ダニエル・クレイグ演じる007はこれが最後だというので観たかったのだ。007がダニエル・クレイグになったとき、予告編を見て、青い目の上、全然英国紳士っぽくないところにすごく違和感があった。おいおい大丈夫かよと思ったけれど、いざ観てみたらものすごく合っていて、演技の素晴らしさに虜になり、好きになった。
そういえば世界一周しているときに、ニースで出逢ったオージーの男の子がダニエル・クレイグによく似ていたっけ。日本人で童顔の私は、40歳にして人生でもう二度とないほどのモテ期で、その男の子も熱烈に言い寄ってくれたっけ。「ほら、俺の瞳を見てよ。綺麗な青い色をしてるでしょ?もっと近くで見てよ」と顔を近づけてきて。ホントに美しい青い目をしてたなぁ。でもごめん、全然ときめかなかったよ。今、どこにいるんだろう。変わらず女の子を口説いてるな。


2021年10月25日(月)

また始まった一週間。でも、今日は一日お休み。私のことも店のことも応援してかわいがってくださる年上のカップルと一緒に、いわゆる「予約のとれないレストラン」へ行く。
車で高速を使って1時間30分ほど。行きはパートナーが運転、帰りはお酒が飲めない私が運転。
予約の時間よりも早く到着。レストランの向かいの敷地にあるとらや工房へ行く。
茅葺の門をくぐり、竹と雑木が混在する林の中をゆっくり進む。樹木が好きなので、樹ばかり気になる。ここの樹木は、上へ上へとすうっと伸びている。見ている私の身体も、上へすうっと運ばれるよう。林を抜け、庭園の向こうに美しいデザインのシンプルな建物があり、そこが和菓子の工場になっていて、作りたての和菓子とお茶がいただける席が併設されている。
甘いのものはレストランでの食事の後にいただくことにして、ゆっくりと散策する。
寿命が長いと思われる樹木がたくさんあるのだけど、どれも真っ直ぐ伸びていて、よじれたりごつごつしていない。そんなのを眺めているだけで癒される。なんて素敵な場所なのだろう。ここだけを目的にまた来たい。

レストランの予約の時間がきた。一番奥の半個室に案内される。窓は全面ガラス張り、外には里山の風景が広がる。すぐそこを畑にしようとトラクターが耕している。のどかでほっとする。
飲み物を選び、乾杯。最初の一品が運ばれてきて、小さく歓声を上げる。この先の期待が高まる。
お料理もお皿も盛り付けも心配りがされていて、見ても食べても楽しい。そうなんだよ、こういうのを本当は作りたいし、いつも頭に描いている。そこに届かないのは、多分実現させ続けるために持ち合わせているエネルギー量の圧倒的な差なんだと思う。どうしたらそこまでエネルギー量を引き上げられるのかなと思いあぐねる。こういう差は、その人の持ち合わせてきたもの故に叶わないと認識すべきか、人生をかけて達成すべき課題なのか。
どっちなんだろう。折り合いをつけていく、それこそが人生なのかな。

次はデザートが来る、というタイミングで、綺麗なお花と、フランス語でお誕生日おめでとうとチョコレートで書かれたプレートが運ばれてきた。地元のお花屋さんに頼んで私のイメージで作ったアレンジを、わざわざレストランに届けさせたという。「だってこれ持って車に乗ったらバレちゃうでしょ?」といたずらっぽく笑う二人。
私の誕生日が三日後に控えてたことを気付かれないように!と願っていたのだけど、しっかりバレていた。あぁもう!こんなにしてもらって、何をしたらお返しになるんだ…。胸がいっぱいになる。
そんな中で、おしゃれなところが好きではない彼は、飼い猫のように食べるだけ食べ、飲むだけ飲んで、あとは興味なさそうに外を眺めている。そういうところだよ!もう少し人間らしくしておけ!!


2021年10月26日(火)

いつものように彼に起こしてもらい、シャワーを浴びる。昨日から緊急事態宣言やら蔓延防止なんちゃらが完全解除となり、うちの店も夜の営業時間が長くなる。果たしてお客さんの流れは戻ってくるのか。
ランチである程度食数が出てくれると、夜の比重が少なくなって気も身体も楽になるんだよなぁ。この先のことを考えると、ランチ営業だけで回せたらいいなと思う。でも、夜に来たい人も一定数いるし、カレーではないお任せメニューを楽しみに飲みに来てくれる人もいて、どうすべきかなかなか決められない。売上と体力のバランス。

スタッフに昨日のお店の話をする。とらや工房にはドライブがてら、ぜひ行ってほしい。
今日は、昨夜農家さんに届けてもらった野菜がある。江戸時代から続く凄腕農家さんの野菜は、良さが一目で分かる。届けてもらったかぶとなす。今日はこのふたつを使おう。
なすは柔らかくなるから、かぶは固めに仕上げよう。皮ごと食べられるから剥かずに使おう。葉も全部。食感がいろいろあった方がいい。
それぞれに合ったスパイスを組み合わせて加えていく。組み合わせのレシピはきちんとあるけれど、作っているときはいつも軽いトランス状態に入っているような感じがある。しっかりと意識して作っているのかというと、そうとは言えない自分がいる。

不思議な流れでスリランカカレーを作ることになり、それが今を生きるすべとなり、誰かを喜ばすことができるようになった。でもどこか、私の中でふわっとしたまま。何かに作らされているような感じがずっと消えない。
コロナウイルスが蔓延している中で、少しでも免疫力・自己治癒力を高めるものを摂りたい。スパイス料理はそこにフィットする。この時代こそ、みんな食べたらいいと思う。
手洗い、うがい、笑いにスパイス!


2021年10月27日(水)

今日は彼が誕生日祝いに食事に連れて行ってくれた。おいしい和食のお店。かつて銀座八丁目の割烹で板長をやっていた大将が、奥さんの実家のあるこの街で独立を決め、ちょうど三周年を迎えた。そのお祝いも兼ねている。

仕事帰りの彼と駅の改札前で合流し、お店に向かう。
大将にお花を用意しようかと彼が言ってくれたけど、お店としては売り上げが伸びた方が嬉しいだろうから、ボトルを一本入れてお店で飲んでもらうことにした。

奥のテーブル席に案内される。ゆっくりとメニューを選ぶ。二人とも食の好みが似ているから決めるのも楽しい。
カウンターには常連さんたち。隣のテーブルは、多分お仕事の接待。ロールカーテンで見えないが、サラリーマンぽい挨拶と乾杯の声が聞こえてきた。こんなお店で接待、いいなー。

私の誕生日は明日。なのに今年も!そう、「今年も」!! 彼は自分の予定を入れていた。茨城で開催されるサーフィンの大会の運営委員長を仰せつかったらしく、明日から週末まで現地滞在だと。去年なんて、「まきちゃん、最後の水曜日(誕生日当日)の夜は空いてる?じゃあ、ちょっとさぁ、そこ空けといて」というので、あぁどこか連れてってくれるのかなと思ってた。そしたら数日後、「じゃあさ、夜六時から六人でお願い」って。はい?アタシを連れて行くんじゃなくて、うちの店で普通に自分の飲み会の予約ってこと???貴様ぁ!どういうことだ!!しかも水曜の夜はうちは定休日じゃ!!!
でも、激しく突っ込むと、一瞬「やべ!」という表情の後、全身で笑いやがる。でも、そのおかげで深刻な空気にはならず、結局私が助けられている。
一緒に思いきり笑って、お互いをいじり倒して遊べる。笑いに転嫁できるって、幸せだよなぁとつくづく思う。
笑う力は、未来を変える。
先の見えないこんなときだからこそ、笑っていたい。


2021年10月28日(木)

50歳になった。未知の領域に入った気分。
期待したい気持ちもあり、今の体力を思うとこれ以上身体に負担をかけたくない思いもある。

30代の終わりに、「40代を人生で一番充実した10年にしたいんです。だからここをやめます!」と偉そうに言い放って仕事を辞めたことを思い出す。
実際、たくさんのことが起こった10年だったなぁ。

無職の生活を楽しみ、小笠原の農園に長期滞在したり、世界一周の旅に出てみたり。かつての上司につかまって、もと居た職場の関連企業に無理やり就職させられ、いきなり管理職になったり、でもそのおかげでゆるキャラと戯れ、灼熱の太陽の下、海水浴場を設営し、花火を打ち上げ、ハワイへの海外出張に何度も行ったな。それでも念願だったスナックのママになろうとそこをやめ、物件探しの地獄を見て、見つけたところはスナック営業はやってはいけないというまさかの展開で、結果的に今こうなった私のお店。
40代前半はまだ体力もあって新しいことばかりが続いてもガッツで乗り越えられた。後半になると、こんなにも動けなくなるのかと身体の変化を実感。今日にいたる。たくさん笑ってたくさん泣いて。新しく出逢う人、しれっと去っていく人。飲食店をやってみて、いかに経営のセンスがないかを思い知り、貧乏のどん底も見た。普通にサラリーマンをやっていたらできなかったいろんなことを経験した。

正直、50代がどんななのか、まったく想像がつかない。でも、周りを見渡すと、人生を楽しんでいるひとの多いこと。
自分らしさを失わずに、気持ちよく過ごせたら。
自分が手掛けることがほかの誰かを幸せにできたら。
世界中が平和であったら。
どうか、人生で一番、豊かな10年になりますように。


2021年10月29日(金)

小笠原へ行く決心をした。11月5日からの船で一航海。11月10日戻り。
母島。2年半ぶりかな。おじさんと電話で話すたびに、今年はなんとか時間を作って行かなければと思ってた。緊急事態宣言が出ている間の方が空いていいけれど、ウイルスを島に持ち込むことになるのは避けないといけないとか、そんなときに離島に行くなんて遊びだとしか思われないとか、いろいろ考えてしまって足が止まってた。
でも、おがさわら丸の航海スケジュールと自分の店の予約とをずっとにらめっこして、行くなら来週だな、と今日心が定まった。
まずは船のチケットを取ろうとホームページを見たら、乗ろうとしている便は満席。まさかこの時期に?!いくら席数減らしてるとはいえ、うそでしょ?
いや、でも待て、と気を取り直して、小笠原海運に電話してみたら席が取れた。まだゆとりがあるくらい。
話を聞いてその理由が分かった。乗船にはPCR検査が必須で、本来ならチケットと共に検査キットが送られてくるのだけど、このタイミングだと小笠原海運の窓口で直接受け取らないと郵送では間に合わない。そして検体は、出航日の前日か前々日の、決められた時間に港へ直接提出しにいかないとならない。検査費用はタダだけど、連日東京往復しないといけない。私のスケジュール的には、ちょうど野外イベントでの出店日と重なる。なんとか早い時間に仕込みを終わらせ、チケットを買いに行き、翌日は早く完売させて撤収して、時間までに検体出しに行かないと。考えただけでグヘッとなる。いや、小笠原へ行くためだ、仕方ない。徹夜が続いても船で寝ればいい。とにかく船に乗ることを目指そう。

小笠原を思い出したり、産物に触れたりするだけで、一瞬にしてあの島とシンクロする。私にとってあの島は強く結びついた場所。20回を超えたところで数えるのをやめたから、何回行ったかわからない。住むという選択肢もあった。でも、住まずに通うことを選んだ。住んでいたらどうなってたのかな。それはそれで狭いコミュニティにうんざりして帰ってきてたかもしれない。それとも島興しに目覚めて何かやってたか。この先、移住はあるか。それもありかもしれない。下手に内地にいてこのくだらない動乱の中にいるくらいなら、完全に隔離されたあの島にいる方がよっぽど平常を保てる気がする。ましてや母島のおじさんのところにいれば多分何も困らないだろう。そんな現実離れしたことをあれこれ思い描いた。
小笠原へ行くことは、私のアイデンティティを更新・バージョンアップする意味を持つ。今回はいったいどんな旅になるんだろう。私の大好きなあのガジュマルの樹は今も大きくその腕を広げているか。エネルギーが充填されたレモンはたわわに実っているか。月桃は手の届かない高さまで葉を伸ばしているか。深い青をたたえたあの海、突き抜けるような空、月、星、雲、世界であそこにしかない樹木、植物…。
すでに私の魂はそこにある。