RANDOM DIARY:COVID-19 小野寺光子

コロナウィルスが存在する世界で暮らす一週間。
窓辺に揺れる合鴨肉。10階分の山登り。
クグロフ。クッキー。小さな肩の子供たち。
テーブルの上の小旅行。聖歌のない静かなミサ。

2020年12月16日(水)

今日は台所仕事に没頭すると決めた。ひとまず午前中にウォーキングを兼ねて買い物に出かける。小さなこの市内を大きく巡って12000歩強。

今日の私は干し肉作りに精を出す。旧暦の臘月(12月)が近づき、中華圏では肉干す季節。以前、肉を「干す」風景というのは、中華圏の一般家庭でも珍しくない風景だと聞いて俄然興味が湧いた。ニンゲンがやることだもの、ヘタでもよければできるだろうと踏んで、以来私の冬の恒例行事となった。私がするのは干すことだけなのに、肉がひとりでに複雑な旨味と香りの塊に変化する面白さよ!

帰宅してすぐに骨つき鶏もも肉に乾煎りした塩と花椒を満遍なく肉に擦り込む。マッサージ、マッサージ。重石をして一晩冷蔵庫で眠らせる。

次。ベランダで揺れている合鴨のもも肉をチェック。こちらは一足先に干し始めていたもので、乾燥が進んで赤黒く透明感が出てきた。ミイラというよりは、蝋細工のよう。ただ、合鴨から溶けて垂れる脂の量が予想を超えていて、2本しか吊るしていないのに床が広範囲に脂まみれに。遅まきながら下にボロ布を敷く。

一段落して外を見たらもう暗かった。やっと椅子に座って一息つくと、全身が妙に怠く、これはどこかでウィルスを拾ってしまったかと不安になる。以前なら「風邪かな?」で済ませてしまうところだけれど、コロナが流行してからはすぐに体温を測るようになった。35度8分。なんだ、珍しく低体温気味なのだ。疲れているだけだろうか?思わずネットで「コロナ 低体温」などと検索したけれどそんな記事はなかった。

しんどいから晩御飯は簡単なものにしたかったのに、台所には今日中に料理しなければいけないゲームヘン(手のひらサイズの雛鶏)が吊るしてある。前の日に、ミニミニバージョンの「脆皮炸子雞(クリスピー・チキン)」に挑戦してみようなどと思い立った自分が恨めしい。結局「立つんだジョー!」と自分を励まし、熱い油を鶏に繰り返しかけること20分(もっとだったかも)、なんとか完成させた。パリパリとまではいかないが香ばしい皮、ふんわりしっとりした肉は箸の止まらぬ美味しさで、心の疲れは吹き飛んだ。とはいえ体はグッタリと重い。

肉の加工に明け暮れた1日、終了。これは充実した一日だったのか。

※この冬の旧暦12月(朧月)は2021年1月13日~2月11日


 
2020年12月17日(木)

朝。今日こそは連載『ジャスミンライスの炊ける匂い』のためのレシピのテキストをまとめようと、パソコンに向かう。随分前から基本のレシピはまとまっているのに、細部が心配で中国語のサイトや本で調べ続けている。私はとりあえずこのレシピで作れるものの、他の人が作ってもうまくいくか?もしかして重要なコツが抜けているのではないか?今日もまたグズグズと。たとえ料理は専門ではないと言い訳しても、1~2品作ってみてうまくいかなかったら、イラストだって、連載全体だって見る気が失せてしまうのではないかな(私の経験上)。ああ、でも本当はレシピなんてリズムよく簡潔に言い切りたい。簡潔にしたり省略したりするというのは、経験を積んで本当にわかっていないとできないことだと思うのだけど、他の人はどうなんだろう?

レシピの細部の確認のために、また試作をしてしまった。発酵に2時間!

合間にマンションの外階段を1階から10階まで上った。脚が萎えるといけないので一日一回、126段を上って下りる。これはコロナとは関係なく、放っておくと家から出ない私が自分に課している、ささやかな運動だ。職場まで出勤している人たち、普通に運動をしている人たちが聞いたら呆れてしまう運動量だろう。でも今日も「登頂成功!」なのだ。ここのところずっと晴れ続き。キーンと冷えた空気を吸って遠くの山々から反対側の駅前の灯りまでグルリと見渡す。

夕方までにすっかり仕上げるつもりだった原稿は、データ作成に時間がかかり深夜にやっと終了。ふんわり甘い試作品をモグモグ食べながら、送信。

その後もう1点、絵を描き足した方がいいような気がして絵の具を広げた。送信したのは午前2時。原稿を待っていたYさんごめんなさい。

本日はこのマンションから全く出なかった。


 
2020年12月18日(金)

朝、重しをしておいた鶏もも肉を干した。これも私のクリスマスのオーナメントかな。本当のクリスマスの飾りはまだ出していない。

以前なら12月は年末進行で締め切りに追われている頃なのに、今年は11月末にほぼ仕事が終わってしまった(これはコロナのせいか、自分のせいか?)。時間があるはずなのにクリスマスの準備が進まないのはどうしたことだろう。息子たちも独立し、誰も来ないと思うからまるでエンジンがかからないのか。子供たちが小さかった頃は目を丸くして喜んでくれたなぁと懐かしく思う。頼りない、小さな肩の子供たち。あの幼い子たちはどこに消えた?「甲斐がない」というのは気力ばかりか体力も失わせるようで、今年は椅子に乗ってオーナメントの箱を取り出すのもしんどい。これが例えば、息子が帰ってくるとの知らせがあったりすると、途端に張り切って動けるようになるのだから不思議。甲斐って大事だ。

クリスマス準備は気が重いが、先日登録した「オリジナルアイテムを手軽に作成する・販売できるサイト」から、次々と商品が売れたという知らせが届き、少し元気が出る。売り上げのうち、私に入ってくる「トリブン」は10分の1にも満たないものの、仕事が手薄な今、小さなお小遣い稼ぎには気楽だしちょうどいい。

気分が上がったところで、来年8月に決まった個展のアイディアをノートに書き出してみた。ギャラリーの空間をどう使うか、次々にいい案が浮かんでくるけれどまだ妄想に近い。問題は、それを形にするのは自分だということ。できるのか、間に合うのか。自分の立てたスケジュール通りに描けるのか。時間の読みが絶望的に甘い自分が心配だ。どの壁面にどんなサイズ、形の絵を掛けるかおおよそ決まったので、今できることとしてインターネットで額縁を3つ注文した。


 
2020年12月19日(土)

合鴨の腿肉は干し上がった。脂身とのコントラストが実に美しく、しばしお皿に並べて鑑賞。その後冷凍庫に貯蔵。今後の干し肉作りのスケジュールは、まず甘辛醤油漬けの干し豚バラ肉「臘肉(ラプヨッ)」には明日取りかかるでしょう?一番手間のかかる中華ソーセージ「臘腸(ラプチョン)」は年明け1月中旬にでも作ろうか。臘腸は香港式土鍋ご飯「煲仔飯(ポウチャイファン)」の具の常連でもあり、私にとって欠かせないアイテムだ。ケーシングに必要な豚腸も既に取り寄せ済み。

ふとiPhoneのヘルスケアアプリを見ると、「あなたは前年に比べて半分しか歩いていません」との指摘が。いつの間にこんな機能ができたのか。言葉に押し出されるように外に出た。目標がないと歩けないのでオーガニック農園の無人販売を目指す。最近知ったばかりのこの農園、少し毛色の変わった野菜を中心に育てていて人気だそうだ。しかも支払いは現金以外にPayPayも使える。今回は菊芋、唐辛子、豆苗(スプラウトではないほうの!)、さつま芋のシルクスイートなどを購入。そこから10分ほど歩いて隣駅の大型スーパーへ。ここではサラダ用だという小さな白菜を見つけた。ミニ白菜(娃々菜)よりさらに小さく、シャキッとしていて結球していない。これは浅漬けタイプのキムチにぴったりだという気がする。JAの即売所にも寄り、採れたての大きな白菜に心動かされるが、既に荷物が重いし、何より食べ手が夫しかいないのにそんなに買い込んでも仕方ない。
1万歩以上、勢いよく歩いて帰宅。血行もよくなって晴れ晴れした気分だが、体力は消耗。
もういい加減クリスマスの飾りを出さないといけないと、収納箱を引きずり出す。毎年ほぼ同じ飾り方で、「うちの伝統」と呼んでいる。変わらないというのも、ホッとしていいものなのではないかという勝手な考えのもとに。

夕飯が一段落してから、重たい腰を上げてクグロフ作りを始めた。これも25年以上同じレシピで作っている。我が家のはクグロフ型で焼いたシュトーレンだ。クリスマス当日までは、これとツリーの形のレモンサワーケーキ、ジンジャーブレッドクッキーを並べ、いつ誰が来ても好きなお菓子を食べられるようにしていた(その割に誰も来ないので、家庭内で少しずつ消費される)。そして24日の晩には薪の形のブッシュ・ド・ノエルを作る。
ここ1~2年は24日の夜のミサの後、長男の家に寄って持ち寄り晩餐会をして、明くる25日には実家の父を囲んでクリスマスを祝うようになった。今年はどうなるのだろう。さすがにもうブッシュ・ド・ノエルはカロリーオーバー、重すぎるか?クグロフだけにするか?それでは寂しいか?高齢の父のもとに行っても大丈夫だろうか?やめておいた方が?いや、でもクリスマスに一人ぼっちでろくな食べ物もないのはどうか。コロナ感染者が再び急増中の今、判断に迷う。
迷う、迷う。

クグロフは生地作りにも発酵にも時間がかかる。今年は自家用に大きいのをひとつ、長男と次男の住まいに小さめのをひとつずつ作る。独立したとはいえ、ずっと食べてきたクリスマスのお菓子があるのもいいものじゃないかと思って(押し付けかな?)。とにかく宅急便で送るために、なんとか今晩中に仕上げないと。

クグロフが焼き上がったのは夜中の2時。私は最近丑三つ時に活動することが増えた。小人の靴屋じゃあるまいし、こんな夜中にケーキ作りか。本当に喜んでもらえるのかどうかもわからないし、思わず「着てはもらえぬセーターを 寒さこらえて編んでます~」のフレーズが口をついて出る。そこだけ何度も口ずさむ。
ついでというには体も冷えてきて辛いけれど、昼間に買ったサラダ用白菜を浅漬けタイプのキムチに加工した。乳酸発酵を待つ本格キムチとは違い、この味付けならその日のうちにパリパリ食べてもよいそうだ。早速つまみ食い・・・。うん、OKだ。熱々のご飯と合うだろうなと思いながら、ヨロヨロと布団に入った。疲れすぎて布団の中もなかなか温まらない。いわゆる仕事や必要な家事だったわけでもないのにこんなに疲れたのだと思うと、少し悲しくなった。家族を喜ばせるためだけど、どうしてもと請われてやったわけでもない。やりたくてやったのだ。ああもう私ときたら。


 
2020年12月20日(日)

午前中、教会のミサへ。教会も今年はコロナ感染防止対策に追われている。聖堂内でのソーシャルディスタンスを保つために人数制限をせざるを得なくて、隔週、割り振られた時間のミサにだけあずかる。マスクは必須、入り口で名前のチェックと検温をして、アルコールで手指を消毒。飛沫感染を防ぐため聖歌は歌わないことになっている。ミサが終わったら自分の座っていた場所を消毒用ウエットティッシュで拭く。静かな静かなミサだ。もちろん今年はクリスマスミサも出席希望者の名前と人数、希望時間をあらかじめ登録する。教会の仲良しの友人たちにも随分会っていないけれど、24日の夜には会えるかしら?

ともあれ、こうして日曜日のミサ、祈りの空間で「心」のことだけ考える静かなひとときというのはなかなかいいものだ(キリスト教に限らずお寺でも神社でもモスクでも、きっと)。

帰宅後、夜中に作った真っ白いクグロフのトップに何か乗せたくなり、アーモンドスライスでプラリネを作ってみた。「これでいいや」感が漂っていたクグロフが、誇らしげなクリスマス菓子に昇格。その画像をInstagramにアップすると、すぐさま「そこに金箔を乗せてはどーう?」というアイディアを頂き、これも直ちに実行。一気に華やいだ雰囲気になりました。たまたま頂き物の食用金箔を持っていたのが役に立ったのです、よかったよかった。

夕方には臘肉作り開始。取り寄せた皮付き豚バラ肉を厚めに切って甘辛い醤油に漬けた。臘味の本場広東、ひいては香港の匂いを立ち上らせるために欠かせないのが玫瑰露酒。これもひとたらし。一晩冷蔵庫で寝かせる。

晩ごはんには、先ほどの臘肉を作るために取り寄せた皮付き豚バラ肉(五花肉)の残りを使う。「サムギョプサル(皮付きだからオギョプサルか?)」だ。
人参、大豆もやし、ほうれん草、茎わかめをそれぞれナムルにした。
自家製キムチは二種。充分発酵させたキムチは肉と一緒に焼くために。浅漬けのサラダ用白菜キムチは熱々ご飯にのっけるために。パリパリした歯応え。
しばらくテーブルに飾ってあった大きめの韓国かぼちゃは、豆腐と炒めて甘辛味の「韓国かぼちゃの辛炒め」にした。これは韓国料理レシピを検索して見つけたおかず。大満足。まだ韓国には行ったことがないけれど、まずは彼の国の人たちの台所の「気持ち」や「知恵」を知るところから、だ。外国の家庭料理を作るとき、献立にできるだけ日本のお惣菜を混ぜないのは、単純に旅気分を味わいたいからだ。私がやっているのは家事じゃなくて小さな旅なんだもの。たとえゴッコ遊びレベルだとしても。言葉が通じなくても、手や胃袋で会話をしたい。

夜半、ジンジャーブレッドクッキーを焼いた。何十回も作ってきたはずなのに、初めて大失敗をした。私がもう終わりなのか、年季の入ったオーブンレンジがお終いなのか、両方なのか。1/3は膨らみすぎて、もう1/3は焦がしてしまった。失敗を誤魔化すべく、アイシングで模様を描いた(なんとかなるものだ。どうにもならないものは自分の胃袋の中へ)。


 
2020年12月21日(月)

午前。ホームセンターまで歩いて買い物に。片道30分。みんなはきっと自転車で行くのでしょうが、私は今に至るまで自転車の乗り方を知らないままきたのだから歩くしかない。室内の壁紙を塗り直すための刷毛、干し肉をたくさんぶら下げるのに使えそうなステンレスの格子状のネットなどを購入。

早速、下漬けを終えた臘肉をベランダで干してみた。臘雞腿(干し骨付き鶏もも肉)も一緒に。鶏もも肉の乾き具合は順調。格好良くぶら下げることができた。

その後クリスマスのしつらえの仕上げをする。玄関ドアの外側にはいつもの松ぼっくりのリースを下げ、リビングの棚の上にはツリー。電飾やオーナメントを付け終える。我が家のクリスマスのメインカラーは白、金、銀だ。雪に閉ざされた妖精の国のイメージ(のつもり)。テーブルクロスも白。やっと家の中がクリスマスらしくなってホッとする。やっぱりこうでなくちゃね。夕暮れ時、蝋燭を灯して一息つく。この時間にただボーッとするなんてすてきだ。私は何時間だってボーッとしていることのできる、生産性の低い人間だ。
そろそろまたイーゼルをリビングの真ん中に出そうかと思う。デスクやパソコンに向かうより、イーゼルに立てた画面と向かい合うほうが少しばかりのびのび描けるから。この蟄居期間には自分の中の世界に存分に引きこもっておこうと思う。こんなチャンスはなかなかやって来ないだろうから。


 
2020年12月22日(火)

今朝は小さく焼いたクグロフとジンジャーブレッドクッキーを梱包して、息子たちの住まいに送った。クリスマスギリギリになってしまったけど、喜んでくれたら嬉しい。

実家の父と電話で25日の相談。今年は来なくていいと父。これまで、父はあまりコロナのことを恐れていないのではと心配していたけれど、さすがに日々増えていく感染者数をニュースで見て、用心した方がいいと思ったようだ。味噌汁に様々な具を入れて食事にするくらいしか料理技術を持たない昭和一桁生まれの父。クリスマスには一体何を食べるのだろうか。年齢にしては元気だけれど、私はそこに甘えて、油断していると思う。比較的近くに住む弟が週末は一緒に過ごしてくれているけれど、早く何か方法を考えないといけないな。幽体離脱でもして、毎日そっと様子を見に行けたらいいのだが。

夜。香港風の魚蛋(ユータン/魚のすり身だんご)を作ってみた。今回使った魚はシイラの切り身。香港では「鯪魚(リンユー/日本ではケンヒーと呼ばれる)」のすり身が売られているからそれを使えばいいのだが、日本ではどんな魚で代用すればいいのか今もよくわからない。毎回実験だ。今回は氷を使って冷やしながら、滑らか且つプリプリのすり身を目指した。茹で上がりも、前回作った時よりだいぶマシになったのではないだろうか。今後はさらに弾力を持たせる工夫と、よりきれいな球にすることが課題かな・・・。
魚蛋を作ったということは、晩ごはんはもちろん「咖哩魚蛋(カレーつみれ)」だ。香港製造の椰汁咖哩醬、香りが良くて最高だ。晩ご飯はこれにほうれん草とレバーのスープとサラダを添えて完成。

今日もあっという間に1日が終わってしまった。まだやりたいことがたくさんあったのに。