『ハマのドン』(2023年)

『ハマのドン』(2023年)

歴史ある山下公園は、散歩をするだけでも特別な気持ちになれる場所。近くで仕事をしていた時期もあり、たくさんの思い出があります。
散策するのに特に素晴らしいのは、夕方から夜にかけての時間帯。公園通りに反射するホテルニューグランドの美しい明かり、港から吹く風にのって横浜マリンタワーの屋上にあった、今はなき世界鳥類園バードピアから異国の鳥の鳴き声が聞こえてきます。ここにしかない、文化を体感できるような独特の雰囲気がありました。
その公園内にある山下埠頭にカジノ誘致計画があることを聞き、気が気でなく調べていたところ、新聞の記事で裏の権力者「ハマのドン」藤木幸夫さんが先頭に立ち、計画中止に向けて戦い始めたことを知って衝撃を受けました。
映画『ハマのドン』は、2021年横浜市長選での藤木さんを中心としたカジノ反対活動を、テレビ朝日「報道ステーション」がドキュメンタリー番組として制作し、プロデューサーの松原文枝さんが監督、劇場版として公開した作品です。
カジノ誘致の阻止に動く当時91歳のハマのドンは、とてつもない読書家で知識人。強面な見た目に反して「あたしはね」と親しみやすい口調で誰とでも話し、「賭博は人を不幸にする」という信念を持つきっかけとなった悲惨な戦争、戦後の体験が劇中で語られます。自宅周辺の住宅街を愛犬の散歩をしながら話す「この辺り一面は焼け野原だった」「(カジノ反対活動により)いつ襲われるかと思っている」などの重い言葉が忘れられません。
藤木さんの熱意に賛同して一緒に活動をされた市民の方々、手紙を送ったことで交流が始まったニューヨーク在住のカジノ設計者・村尾武洋さんも強く印象に残りました。いかにカジノがその街をダメにするのか、アメリカ本場の実情を見せつつ語る村尾さんの話には説得力があり、リスクを厭わない姿勢に心を動かされます。
松原監督は中立の立場に立ち、カジノ賛成派の言葉もきちんと伝えています。
何も変わらない、というムードに流されがちになる世の中で、ハマのドンと、反対活動を共にされた方々の姿が眩しく感じました。
群れずに自らの信念を貫く監督だったからこそ、生まれた作品だと思います。
自分で考え意志を示す大切さを改めて教えられた私たち一人ひとりに未来がかかっています。