開けても第一ボタンまで 第2回

第二回 ヴィンテージステューシー

 年取るとな、派手な服を着たくなるんだよ。
 当時の職場で五十過ぎの少し口うるさいおじさんが言っていたからかどうかはさておき、三十を過ぎたあるとき、急に派手な柄シャツが着たくなった。

 とは言っても、まだその気分は漠然としていて、どんなものを探して着るのがかっこいいのか、方向が定まっていなかった。ただでさえ人相が悪いのに、そっちのスジの人みたいになるのは避けたい。海の家のバイトや現地の観光協会の人みたいになるのも。
 柄シャツ着たかっこいい人って誰だろう。そんなことを考えていたとき、いつもアロハシャツを着ているイラストレーターの永井博さんがふと思い浮かんだ。エキゾチックな柄のシャツなのに、ご本人の作風も相まって不思議と都会的なイメージでいいなとは前々から思っていた。

 調べたら、そのシャツはステューシーのヴィンテージだと分かった。それからネットオークションやフリマアプリをひたすら探した。
 よくあるヤシの木やらハイビスカスやらフラダンサーやら孤島やらの絵の入ったアロハ柄よりも、ヘンテコな民族柄の方が気になった。当時仕事で担当していたブランドがアフリカンバティックを使用したコレクションを発表したせいかもしれない。民族柄以外にもピカソの絵の柄や、花柄は花柄でも小花柄やハイビスカスでもないユリの花の柄、なんだかよく分からない落書きのような柄など。ステューシーの柄シャツには、アメリカのアウトドアブランドが夏に出す魚や植物をモチーフにしたドライなコットンアロハともまた違う独特の強さがあった。さすがは伝統ある老舗ストリートブランド。
 とは言っても、僕自身は若い頃にステューシーを買って着たことがほとんどない(友人の買い物に付き合って原宿や代官山のお店に足を運んだことはある)。そのとき僕が着ていたヒップホップ的なデカ服のブランドとは文脈的に少し違っていたから。

 2015年から2017年くらいの時期は比較的手頃な値段で出品されていたので、大きなサイズがあれば色の好みも気にせず買い揃えた。
 年代は80年代の黒タグと言われるものに限る。それ以降のものになるとXLでも作りが小さい。90年代以降の方がトレンド的に大きなサイズの需要があったと思うのに。不思議と柄にもあんまり引っかかるものがない。素材が綿100%なのもいい。柄シャツによくあるレーヨンだのビスコースだのキュプラだのシルクだの、あのテロテロした素材がどうも苦手だ。着た時につるんと下に落ちるシルエットも。何より気軽に洗濯ができない。汗っかきな僕は、シャツを着たあとはさっと洗濯機で洗いたいのだ。
 これは後日、詳しい先輩に聞いて知ったのだけど、当時のステューシーのシャツはコムデギャルソンのシャツの形を真似ていたそうで、言われてみれば確かに襟の大きさも各寸法のバランスもボタンの配置もよく似ていた。柄ばかりに気を取られていたけど、形も着慣れたものであることに合点が行った。

 そんなヴィンテージのステューシーも数年前から価格が高騰して、気軽に買えるようなものでは無くなってしまった。安く買えたものを、あとで高値で買うのが大嫌いな自分にとってはいいタイミングにいい買い物をしたと思う。
 所有している数枚は、夏のちょっとしたお出かけに、今でもよく着て行く。それくらいとても気に入っている。最初に想像していた永井博さんのイメージとはだいぶかけ離れてしまったけれど。