美術館への行きかた。

第十一回 表現のインプットとアウトプット

7月下旬から約一ヶ月ほど、フランスのパリに滞在し活動する日々が続いた。3歳になる子どもが夏休みということもあり、仕事の時間は朝晩に限られ、日中は子どもと遊んで過ごした。

この期間、僕自身の研究の意味もあっていくつかの美術館が運営する、子ども向けのプログラムに参加した。3〜6歳くらいの幼児に提供されるのは、美術作品や表現素材と慣れ親しむことに重点が置かれ、楽しく体験することがプログラムの中心となるのだが、美術作品との向き合い方という意味では僕自身も気づかされるものがあった。

ポンピドゥ・センターで参加したプログラムは10組程度の親子の参加に対して、子どもたちを牽引し、進行を盛り上げるファシリテーターと呼ばれる人が一人。アトリエに集まり、手順を踏むようにみんなで同じことを少しづつ行なっていく。使用するのは数枚の画用紙と2色の絵の具だけだ。

・子供がひとりでローラーを用いて「縦方向」にのみ直線を引く
・今度は親子で縦・横交互に直線を引く
・穴の空いた発砲スチロールに筆を2本刺して、グニャグニャと線を引く

こういったシンプルな行為を、何度か紙を替えながら繰り返していく。親子で参加しているから皆、掛け合いを含めて楽しく参加している様子だ。ただ、この時点で何をしているのかは子どもたちはまだわかっていない。4〜5回繰り返したのちに、アトリエを出て展示室に向かい、ツアーが始まるのだ。向かったのはベルナール・フリズ(Bernard Frize)の回顧展。フリズは、複数人で一つのキャンバスに同時にペインティングするなど、独特のプロセスで描かれた抽象絵画を制作する作家だ。どうやって制作したのかと思わせる不思議で美しい線や点で構成された画面が人を魅了する。

そこで作品を巡りながら、ファシリテーターは子どもたちに語りかける。フリズの制作プロセスを紹介し、先ほど皆でやっていたことが同じプロセスであることを説明する。自分がやっていたことが先にあるから、子どもたちはその画面を食い入るように見つめている。もし、体験せずに見ていたのならば、子どもたちはこれらの作品の前を駆け抜けていったことだろう。

プログラムに参加する前、僕は勝手に、先に作品を観てそこで得たものを表現するものだろうとタカをくくっていた。ところが実際にはその逆で、先に子どもたちは絵を描き、後から作品を観て深い理解を得ていた。観ること・知ることを自分へのインプットだとすると、表現することはアウトプットだ。この二者は切り離せないものだと考えているのだが、今回の体験はアウトプットが先にあったことが実に興味深い。

もっと言うと子どもたちは絵を描く(アウトプット)という行為を通じて、フリズの制作プロセスを知る(インプット)ことを体験しているのだから、アウトプットを通じてインプットしていたのであり、相互に作用しあっている。このプログラムの考案者は見事だと言わざるを得ない。

これは大人にとっても同様のことが言えるのではないか。美術館に行くときに誰かと一緒に行くのであれば、そこで観たもの、感じたものを言葉にしてみるのはどうか。一人でいったのなら、その感想をSNS等で記してみてはどうか。アウトプットすることでその理解は一層深まる。アウトプットするのはなんでも構わないができるだけ具体的な方がいいだろう。

ポンピドゥ・センターの展示室は決して静かではなかった。騒々しいわけではないが、たくさんの会話が聞こえてくる。多くの人が見ている作品に対して何かしら話し合っている様子が散見されるのだ。以前にも感じたことだが、なんとも素敵な光景だと思う。

最初は円座して子どもの興味をひくファシリテーター。(筆者撮影)

一度の手の動きで2本の線が引かれる筆を使う。(筆者撮影)

乾燥中の子どもたちのトライアル。同じことを同じ手順でやっているのに、結果が異なるから楽しい。(筆者撮影)

展示室にてフリズの作品の前で解説。大人も子どもの体験を通じて深く理解する。(筆者撮影)