美術館への行きかた。

第四回 代表作の前後が面白い 回顧展のススメ

“代表作”なんて言われ方をするように、アーティストにはその名前を聞くとパッと思い浮かぶ作品がある。岡本太郎=「太陽の塔」といった感じ。

ピエト・モンドリアン(1872-1944)というオランダ人の画家がいる。名前は聞いたことがなくとも、作品を一度くらい見たことがある人は多いのではないだろうか。

端正に分割された色面構成によるその絵画は、赤・青・黄の3色の色面と黒い水平・垂直の線のみで画面が作られており、その緊張感がとても美しい作品だ。個人の趣味かもしれないけど、抽象度が極めて高いことも手伝って、飾る作品としても向いていそう。今回テーマにしたいのは、モンドリアンという個人の作家ではない。作風の変化について考えてみたい。

モンドリアンは71歳で亡くなっている。亡くなる直前まで創作活動を続けているので、ざっと見積もってみると50〜60年間制作しているということになる。さて、その長い時間をずっと同じような構成絵画を描き続けているかというとそうでもない。 初期の作品には、風景画や樹木、建築物を描いたものなどが存在する。それが徐々に抽象的になっていき、前述の代表作である「コンポジション」と呼ばれるシリーズは誕生する。40代くらいまでの間にモンドリアンはたくさんの樹を描いているのだが、そのイメージの変容が面白い。作家がいかにして数多の試行錯誤を繰り返し、「コンポジション」に行き着いたのかを見てとることができる。またキュビズムに影響を受け、パリに滞在したり、オランダで「デ・ステイル」と呼ばれる芸術運動に参加するなど、外部からの影響も多数存在する。「コンポジション」は誕生から晩年に至るまでの間にも変化をし続けている。

考えれば当たり前のことだけど、「代表作」一発が、ある日突然、創出する訳はない。一人のアーティストの人生には「代表作」前後の作品も存在するのだ。

そんな作家の人生を共有するのには「回顧展」と呼ばれる展覧会がオススメだ。回顧展は一人の作家の生涯をテーマにした展覧会であり、初期の作品から晩年の作品まで並ぶ。その作品や作風の変化を観るのは非常に興味深いものである。

「東京オペラシティ アートギャラリー」ではイサム・ノグチの回顧展が開催中である。イサム・ノグチは彫刻家であるが、照明器具や遊具のデザインから、公園や庭園といったランドスケープデザインまでをも手がけている。作品の一つであるモエレ沼公園(札幌市)はもはや観光地にもなっている。個別に見れば“多彩な人物”で終わる話だが、その一連の活動に作家のテーマを見出すことができて面白い。イサム・ノグチにとってはランドスケープは身体を中心とした「空間の彫刻」なのだ。なるほど、そんな思考が見えてくる。

僕たちは忘れがちだが、作家も普通の人間である。ある日突然、神が右手に宿って、筆が走り、大作を作れる訳ではない。美術の教育も受けるし、努力だってする。きっとたくさんの失敗もしているはずだ。

とはいえ美術館に失敗作はあまり並ばないから、やっぱり神が宿っているんじゃないかと思うことも、まぁ、あるが。

「赤・青・黄のコンポジション, 1930」パブリック・ドメイン(wikipediaより)

コンポジションに行き着く過程の作品。ギリギリ何を描いているのかわかるところが面白い。
「Stilleven met gemberpot II.」 1912. New York, Solomon R. Guggenheim Museum. パブリックドメイン(wikipediaより)

イサム・ノグチ《あかり》デザイン 1953〜 紙、竹、金属 香川県立ミュージアム
(画像は東京オペラシティ アートギャラリーより)