私のかけら 50  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

11月×日 灰とダイヤモンド、三度(みたび)

恵比寿ガーデンプレイスにある東京都写真美術館ではポーランド映画祭が開催中。『灰とダイヤモンド』が上映されるというので、また観に行く。この秋、三度目の鑑賞。今回は、事務所スタッフのYも観てみたいというので一緒に。
さすがにもう新しい発見というのはないけれど、劇中の小道具の使い方の巧みさに、私は中学生の頃から、その点に注視して映画を観ていたんだなあ、と感慨にふける。実際、私が書くものには小道具がたくさん出てくるし、ここ二か月関わっていた仕事(ショートムービーのシナリオ)でも、私の趣味は使う小道具に表れていると思う。たぶん小道具使いに対しての関心が、私の中でずっと続いているのだろう。

帰りに30分ほどお茶。「冒頭、主人公マチェクが政府要人をマシンガンで連射する際(実は、間違えて民間人を誤射するんだけど)、ぐっと歯を食いしばるところが好き」と話すと、「さすがにそこには気づきませんでした」とY。『ダーティハリー』でも、44マグナムを撃つとき、クリント・イーストウッドがちょっと踏ん張るけど、あそこもかっこよかった。女のひとが歯を食いしばるところはあまり見たくない。けれど、男のひとのその表情はかっこよく見える・・・ような気がする(現実にはあまりひとが歯を食いしばっているのは見たことがないけど)。

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11月×日 初体験

ローンチされたアパレルブランド(ロペピクニック)のショートムービーが好評なようでほっとしている。私はシナリオを担当。昨夜は、「お疲れさま」メッセージが届いたりして嬉しかった。

私が書いたショートストーリー集『私が好きなあなたの匂い』を読んだという林監督から声をかけていただいて、打ち合わせに向かったのが9月の初め。映像作品のために文章を書くという仕事をやったことがなかったので、自信がなかったけれど、受け取った企画書に、私の名前と『私が好きなあなたの匂い』の表紙、起用意図が書かれているのを見て、私がどういうものを書くのか知った上でのお誘いだとわかったので引き受けることに。
決まっていたのは出演する女優さんと使われる楽曲。そこからはいい意味で白紙だった。まずは自由に書いてみてください、という感じでその日は帰り、それから一度、方向性を監督に相談したけれど、ブランドPRのための作品であるにもかかわらず、特に制約されることはなく、最後まで普段通りに書かせてもらえた。監督はもちろん、プロデューサーと接していても、制作の方と接していても、尊重してもらえているんだなあ、と感じることが多かったのは確か。

執筆中にどんなことを考えていたか、いろいろ書きたいことはあるけれど、それは後日。いまはまだ解放感に浸っていたい。
香水モチーフのショートストーリーを書いていたときも感じていたけれど、ひとつのブランドや商品からイメージを膨らませて女の子を作っていくのはとても楽しい。機会があれば、また取り組んでみたいと思う。

ロペピクニックショートムービー https://youtu.be/wrjtURtWRlg
シナリオ https://donnatokimo.ropepicnic.com/scenario.html

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11月×日 TAC・TIC…S タック・チック…ス

シーツを放り込んだ洗濯機のスイッチを入れ、カフェへ。サンドウィッチのランチをとった後、カフェラテを頼み、楽しみにしていた本をバッグから取り出す。モンキー・パンチ先生のコミックス『TAC・TIC…S タック・チック…ス』。絶版本だけど、600円で買えた。しかも、状態が良く、嬉しい。
モンキー・パンチ先生の作品にはめずらしくビジネスマンの青年が主人公・・・と言いつつ、あの手この手でライバルを出し抜いていく、やっぱりモンキー・パンチ先生らしいストーリー(悪いこともたくさんやります)。そして、この作品も未完。モンキー・パンチ先生、未完の作品、多すぎます!基本、エピソードが一話完結で進むから、未完でも気にならないけど。

ひとつ、おや?と思ったのは、ライバル会社の女産業スパイと寝た後の主人公の自問のつぶやき。
「ずっと前からオレはいつもこの瞬間を夢見てた・・・オレの童貞をささげる娘はどんな娘だろう・・・それはいつ・・・どこで・・・そしてその感想は?」
女の子の台詞にはあるかもしれないけど、男のひとの台詞としてはめずらしい。面白いね。

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11月×日 夜ごとの美女

午前中に仕事の打ち合わせを済ませ、レストランでランチを取った後、母を迎えに行く。
今日から始まった新文芸坐でのジェラール・フィリップ特集上映。母とルネ・クレール監督『夜ごとの美女』を観る。

母が若い頃、好きだったジェラール・フィリップ。幼い頃、彼がどんなに素敵か、母から聞かされたことは、いまでも時々思い出す。『夜ごとの美女』でのジェラール・フィリップの様子を説明する母の姿も。

彼がどんな容貌をしているのか知ったのは、中学時代。テレビで放映していた『夜ごとの美女』を観てのことだった。確かにハンサムだった。甘いマスクをしていた。だけど、私の好みから言うと、少し線が細いかな・・・とも思った。母と私の好みは少し違うなあ、と。

ジェラール・フィリップの作品を観るのはそれ以来。間が何十年も空いている。感想を言うと、ジェラール・フィリップは、やっぱりハンサムだった。甘いマスクをしていた。夢見がちな音楽青年という役柄にぴったり。ただ、ロマンティックなコメディだと記憶していたのに、改めて観ると、スラップスティックの要素が強く、あれ?こんな映画だったっけ?という戸惑いも。

母も同じことを感じたようで、映画館を出ると、狐につままれたような顔をして、なぜこの映画をいいと思ったのかしら?というようなことをつぶやいている。いや、決してつまらないわけではない。これはこれで楽しい映画。記憶の中の印象とズレがあっただけで。そして、そういったズレの発見も映画を再見する楽しみのひとつ。

帰りは寄り道せずに池袋で別れた。明日も私は映画を観る。明日は恵比寿でポーランド映画祭。

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11月×日 水の中のナイフ

ポーランド映画祭@東京都写真美術館。クシシュトフ・コメダの音楽が聴きたくて、映画『水の中のナイフ』(ロマン・ポランスキー監督)を観に行く。一艘のヨットに、倦怠期のブルジョワ夫婦とひとりの青年。閉ざされた空間で展開する緊張感あふれるストーリー。でも、それ以前に、キラキラと輝く水面の映像に、コメダのジャズが流れているだけで、わあ、カッコいい!と感激してしまった。
ラストの、夫婦を乗せた自動車が、動かずに止まっている、というシーンが良かった。

そのまま残り、そのあとの上映、DVD化されていない作品、タデウシュ・コンヴィツキ監督『サルト』も観る。主演は『灰とダイヤモンド』のズビグニエフ・チブルスキー。『灰とダイヤモンド』から7年経っているため、青年らしさは影を潜め、恰幅が良くなり、お父さんっぽくなっていた(実際、妻子持ちの役だった)。
この作品、とにかく奇妙で、登場人物、舞台、台詞、たぶんどれも何かしらのメタファーを含んでいるのだろうけど、それが何を表しているのか、私にはさっぱりわからない(ポーランド人にはわかるのかもしれない)――にもかかわらず、頭にずっと“?”が浮いたまま、好奇心で最後まで観てしまった。わからないものをわからないまま観続ける楽しみというものもある。
上映後、ポーランド広報文化センターの方によるトークショーあり。タデウシュ・コンヴィツキ監督は小説家でもあるらしい。一冊、読んでみたい気もする。晶文社から出版されている『ぼくはだれだ』がお勧めとのこと。

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11月×日 No.9

夜、赤坂ACTシアターで、お招きを受けていた公演、稲垣吾郎さん主演『No.9 -不滅の旋律-』を、Kさんとともに鑑賞。上演時間三時間超え。飽きてしまうかも、と心配したけれど、杞憂に終わった。ベートーヴェンの半生を描いた物語。
子供の頃、ベートヴェンのエピソードを知るたび、面倒くさいひとだなあ、と思っていたけれど、この作品の中でもベートーヴェンは面倒くさくいひとだった(短気で気難しい)。クリエイティヴワークは確かに少し特殊な仕事だと思うけど、それを盾に感情的であることを正当化するひとは苦手です・・・というか、どんな職業であろうとも感情的なひとが私は苦手。
演劇に詳しくないので、演出や演技のことは、私には評価できないけれど、舞台美術や衣装は良かった。稲垣さんも熱演されていた。

余談だけど、演劇って、出てくるひとがよく怒るなあ、と思う。本作でも、みんなプリプリ怒っていた。なぜ、演劇では、登場人物を、あんなに怒らせるのだろう?不思議。