私のかけら 46  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

10月×日 ルパンVS複製人間

昨日の夜は、眠る前に映画『ルパン三世 ルパンVS複製人間』を鑑賞。この作品は、公開時、劇場で観ている。私は、小学生。いとこのお兄さんについていってもらったような気が。
でも、観たのは、その一度きり。だから、神と自称するクローン人間マモーとルパンが対決する、という大まかなところは覚えているものの、ストーリーの細かなところは忘れている。子供心に、後半、難しくなってきた・・・と感じた記憶あり。
強烈に印象に残っているシーンもいくつかある。辿り着いたアジトが破壊されていたというところ(夜のシーンで、ルパンたちは寝るところがなくて困るんじゃないか、と本気で心配した)、不気味なマモーの顔、マモーの巨大な脳が宇宙に飛んでいくシーン、ルパンと不二子がキスをして、そこにミサイルがどんどん落ちてくるところ、最後に流れる三波春夫の「ルパン音頭」・・・。『ルパン三世』はかっこいいアニメなのだと思っていたから、この音頭が流れたときに、憤りに近い気持ちになったことはよく覚えている。

――で、あれから数十年、大人になって観直してみたわけだけれども、あまりに面白いのでびっくりした。こんなに面白いものを、私は小学生で観ていたのか、という感激も。

まず、トップシーンに掴まれる。黒地に横に引かれた白いラインが、ギイ、ギイ、という足音とともに、下に流れていく。それは、絞首台への階段。一歩一歩上っている様子を表現している。画面が一瞬真っ暗になって、床板が開き、白く飛ばした背景にルパン三世が吊るされているシルエット!(映画的!)

いい台詞もたくさんあった。会話のテンポ、やりとりを聞いているのも楽しい。脚本、上手いなあ、と感心する。声優たちの演技も脂が乗っている。カメラワーク、構図も素晴らしい。次にどんなカットが来るんだろう、と、ワクワクしながら観た。いまの時代のアニメ作品とはテイストが違うけど、見どころ満載の名作だと思う。

さすがに小学生には理解できなかっただろうという点も確認。
・物語に絡む東西冷戦(アメリカとソ連のホットラインに介入するマモー、キッシンジャー似の大統領補佐官の暗躍、次元と五エ門が拉致されて連れていかれる先がアメリカ軍空母、など)
・エジプト、パリ、マドリッド、コロンビアと移動していく舞台(パリとエジプトぐらいしか知らなかったと思う)
・ルパンの深層心理を探っていったものの、そこに何もない、と知ったマモーが叫ぶ台詞、「空間!虚無!それは神の、あるいは白痴の意識に他ならない!」(虚無という言葉も白痴という言葉も意味がわからなかったはず。「虚」や「痴」といった漢字自体、知らなかっただろうし)
・ルパンが、ジョルジュ・デ・キリコやサルバドール・ダリ、ポール・デルヴォーの絵画の中に入っていってしまう(かのような)演出も、元ネタがわかるいまは、ニヤリとするけど、小学生の私にはその面白さはわからなかったのでは・・・。
でも、子供は子供なりに、話を頭の中で繋いで観ていたのだと思う。最後まで飽きなかったという記憶は残っているから。

この頃、自分が、どういうものを観たり、読んだりして育ったのか、気になって、再見、再読しているけれど、自分が、いまも面白いと思えるものを、小さい時に観ていたという事実に出くわすと、とても嬉しい。

ところで、この作品、私は、アマゾンのレンタル配信でノーカット版を観たけれど、テレビ放送だと面白さが半減するのではなかろうか。というのも、いまの時代には放送できない言葉がところどころ出てくるから。そのシーンをカットしていくと、映画としてはガタガタになっちゃう。先にも挙げた、ルパンの深層心理を探っていったマモーが、ルパンのことを、神か?白痴か?と独り言つところなどは、テーマに絡む重要な台詞。他に、「君は単に不確定性の生んだ私生児に過ぎない」というマモーの台詞も、たぶん“私生児”がひっかかると思うけど、コンテクストから考えると、カットするのは惜しい。テレビ放送で観て、いまいちと評価したひとがいるなら、もったいないなあと思う。

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10月×日 脂のしたたり

昨日は、渋谷のシネマヴェーラで、映画を二本観た(特集上映『映画は大映、ヴェーラも大映』)。弓削太郎監督『背広の忍者』と田中徳三監督『脂のしたたり』。どちらも主演は田宮二郎。『背広の忍者』も悪くなかったけれど、私には『脂のしたたり』のほうが面白かった。
『脂のしたたり』は、原作黒岩重吾。内容は、タイトル同様、サスペンスあり、暴力あり、銭金への欲望ギラギラ、そして、なぜか純愛も・・・のごった煮映画。田宮二郎も得意の役どころ、野心家のサラリーマン(株の情報屋)を演じていた。ヒロインの冨士眞奈美がむっちりし過ぎていて、ちょっとひっかかったけど、それ以外は、いい感じ。成田三樹夫がかっこよかった。やっぱりナリミキが敵役に来ると映画がしまる。そして、田中徳三の映画は裏切らないな、と再認識。プログラムピクチャーならではの楽しさ。

今日は、打ち合わせで飯田橋へ。
その後、母と落ち合い、食事。後から妹と甥も合流する。
最近、子供の頃に観ていた映画やアニメ、マンガを観直す/読み直すことにはまっている、『ルパン三世』の原作コミックも23巻、一か月半かけて読破した、と話すと、妹が、私も小学生の頃に読んでいた『王家の紋章』を読み直してみたい、と言い出す。私は、細川智栄子先生の絵が苦手で、『王家の紋章』は読んでいない。大体、妹が『王家の紋章』を読んでいたことも初めて知った。年の近い姉妹だけど、趣味は結構違うのかもしれない。

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10月×日 二度目の鑑賞

今日から、キネカ大森でラウル・ペック監督『私はあなたのニグロではない』が一週間再映されるので、午前のうちに家を出て、最初の回を観てきた。八月、池袋文芸坐での上映以来、二度目の鑑賞。意外と観客が多かった。
ジェイムズ・ボールドウィンの言葉って、地に沁みる雨みたい。差別に抗議するスピーチの中にも、時々美しい表現が混じる。一方、マルコムXのスピーチは、こちらの頭の中に言葉を叩きこんでくる感じ。私は英語がわからないけれど、リズムやテンポ、声のトーン、表情から想像するに、タイプは違えど、ふたりともスピーチが別格に上手いのでは。

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10月×日 ダーティハリー5

連休最終日。『ダーティハリー5』を観る。シリーズもこれで終わり。さらにクリント・イーストウッドの加齢は進み、顔がシワシワに。撮影時、57歳だというけれど、もっと上に見える。白人は老けるのが早い。
内容は、特別面白いわけではないけど、退屈なわけでもない。『ダーティハリー4』の重苦しさはなくなって、娯楽アクションに戻った。でも、肝心のアクションは少なめ。決め台詞も減ってしまった。最後に犯人にとどめを刺す武器には大笑いしたけど(捕鯨銃ドーン!)。
それから、今作も、ヒロインといいムードになっていた。最初の頃の、仕事一筋、女っ気ナシ、つきあう相手は体だけの関係、という設定のほうがハードボイルドで良かったのに。でも、初老のおじさん刑事が、女っ気ナシ、つきあう相手は体だけの関係だと、侘しいイメージになっちゃうかな。その辺、うるおいのバランスを取っているのかも。

シリーズを通して観た結論;
『ダーティハリー』シリーズは、1と2が面白い。特に、最初の『ダーティハリー』は、70年代のサンフランシスコの雰囲気、クリント・イーストウッドの若さ、決め台詞のかっこよさ、S&W M29(44マグナム)のインパクト、ラロ・シフリンの音楽、ブルース・サーティースの撮影、敵役のキャラクター(と熱演)と、見事にカードが揃っていた。2は、ストーリーが面白い。アクションシーンも派手。テイストも1を引き継いでいる。3以降は、雰囲気がバラけている。3はライト、4は暗い、5は薄味。正直、1と2を超えていない。あ、でも、5の相棒役のひとは良かった。中国系アメリカ人。好戦的で。
個人的には、銃器がいろいろ出てきたのは面白かった。スピードローダーを使った弾の装填も見ることができたし、少し物知りになったと思う。あと、撃った弾の数を数えながら観るようになった。あ、もう敵の拳銃は弾切れだ、と気づいたり、銃撃戦を観るときの新しい楽しみ方も。同時に、心底、銃社会は嫌だとも思った。こんなものを一般人も入手できるなんて怖すぎる。よその国のことだけど、銃は規制されるべきだと思う。

この先も、もう少しクリント・イーストウッドの作品は、観てみるつもり。『ダーティハリー4』、『ダーティハリー5』と女性が暴力をふるわれる話が続いたので、次は、そうじゃないものにしたい。Netflixに『アルカトラズからの脱出』があるから、まずはそこからかな。

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10月×日 書き直し

Z誌の原稿、一旦仕上げたものの、段落ひとつ、書き直すことに。夜、PIZZICATO ONEのライヴに顔を出すつもりだったのに行けず。残念。

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10月×日 解放感

昨夜、仕上がらなかった原稿、朝、起きて机に向かうと、難なく書けた。こういうのは、面白い。頑張っても書けないときは書けないし、頑張らなくても書けるときは書ける。
シャワーを浴びて、カフェに行き、遅い昼食をとる。事務所スタッフYも合流。郵便物等を受け取る。その中に、昨日、猪野(秀史)さんから預かったという、彼の新しいCD『SONG ALBUM』も。他、次の原稿の相談など。

帰宅後、ベランダに出ると、西の空には沈みゆく夕陽が。この一年、あまり執筆の仕事していなかったこともあって、脱稿後の解放感がすごい。どうということのない夕暮れも綺麗に見える。私には喫煙習慣はないけれど、たまに煙草を吸うと美味しいと感じる――あれに似ている。