――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。
9月×日 ダーティハリー2
『ダーティハリー2』を観る。監督がドン・シーゲルからテッド・ポストに替わって、映像の雰囲気もだいぶ変わった。今回の敵は、若い警官四人で構成される白バイチーム。彼らは、悪は断罪されるべき、という理屈から、悪人を次々と暗殺している。それに気づいたハリー・キャラハン刑事(クリント・イーストウッド)は、白バイチームの行き過ぎたやり方に怒り、彼らをジリジリと追い詰めていく――。ラスト10分で、白バイチーム(とその黒幕)と対決、もちろん、ハリー・キャラハンは勝つ。基本、ヒーローものなので(ダーティヒーローだけど)。
でも、あまりすっきりしない物語だった。というのも、悪人を暴力を使ってやっつけるという意味では、44マグナムを撃ちまくるハリー・キャラハンも、白バイチームも程度の差があるだけで、本質的には変わらないよね?どこからがやり過ぎで、どこまでがやり過ぎではないのか。一線をどこで引くのか。ハリー・キャラハンも映画の中で苦悩していたけれども。
劇中、ハリー・キャラハンは、「警官が処刑人まで兼ねていいということはない、歯止めが利かなくなって、そのうち交通違反をしても射殺ということになりかねない、法律に納得がいかなくても、新しい法律ができるまでは現行の法律を守らればならない」というようなことを口にする(一回観ただけの記憶で書いています。大体こんなこと言っていた程度の要約です)。ここ、俺は白バイ暗殺チームとは違う、という理屈を披露するところなのだけれど、いや、あなたも法律、守っていないから、と、どうしても突っ込みたくなっちゃう。 だけど、映画としては、とても面白い。エピソードがギュウギュウに詰まっていて飽きさせない。署内の射撃大会のシーンなどもあり、拳銃にまつわる会話も何度も出てきて、個人的にも興味深かったし。『ダーティハリー』が一番人気があるのだろうけど、『ダーティハリー2』のほうが私は好きかな。 ただ、後から思ったのだけれど、私に子供がいたら、このシリーズは、大人になるまで観せたくないなあ。ハリー・キャラハンは悪を憎んでいる。自分の信じる正義を貫くためには、相手を射殺することもためらわない。そこが『ダーティハリー』の面白さ。だけど、その行動原理を突き詰めていったら、ひとりの人間が、(相手を)悪人だと判断したら、暴力で制裁を加えてもよい、になってしまう。
大人が娯楽として観る分にはいい。悪人がヒーローに大型拳銃で撃ち殺されて、いい気味だ、の後に、現実はそう単純なものではない、と切り替えられるから。 だけど、子供が、ひとを裁くという行為について、ちゃんと考えられるようになる前に、こんな刺激の強いメッセージ(理屈)を受けるのはどうかな、と思う。クリント・イーストウッドがまたかっこよく演じているしね、そこが逆に怖い・・・と思い、いま調べたら、PG12がついていた。至極納得。暴力シーンそのものよりも、自分が暴力を使っても良いと判断したなら、暴力を使っても良いのだ、という理屈の刺激のほうが心配です。
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9月×日 ミランダ警告
『ダーティハリー』と『ダーティハリー2』のブルーレイディスクに入っていた特典映像がすごいボリュームで、それを観ていたら、一日が終わってしまった。中でも特に、『“ダーティハリー”に描かれるモラル』という短いドキュメンタリーが興味深かった(『ダーティハリー2』ブルーレイディスクに収録)。
『ダーティハリー』で、ハリー・キャラハンは、シリアルキラー・スコーピオンを、一旦、追い詰め、逮捕するものの、その際、ミランダ警告を行わなかったこと、誘拐した少女の居場所を吐かせるために拷問を行ったことを理由に、犯人は釈放されてしまう(そのため、映画では、次の犯罪が起こる)。 調べてみると、ミランダ警告とは、1966年、アメリカ合衆国において、警察官が容疑者を逮捕する際、告知することが義務づけられたもの。告知すべきことは四つ。
1. あなたには黙秘権がある。
2. 供述は、法廷であなたに不利な証拠として用いられる事がある。
3. あなたは弁護士の立会いを求める権利がある。
4. もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ、公選弁護人を付けてもらう権利がある。
これらの告知がなかった場合、供述は公判で証拠として用いることができない。 公開時、ハリー・キャラハンの活躍(44マグナムを撃ちまくり、犯人たちを倒していく)は、容疑者の人権をも保護する考え(ミランダ警告など)に不満を抱いていた人たちに胸のすく思いを味わわせた。しかし、その一方で、ハリー・キャラハンの過激な暴力を批判する人たちも大勢いて、賛否両論、議論を巻き起こしたらしい。それは容易に想像がつく。このシリーズには、確かに複雑な要素が多分に含まれている。
私だって、観終えたときにこう思ったもん。映画としては面白い。ハリー・キャラハンもかっこいい。でも、実際こんな刑事がいたら嫌だ!怖すぎるよ!
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9月×日 撮影監督
区役所に書類を取りに行く予定だったのが、その必要がなくなり、家で過ごす。雨が降るのを眺めるのは好きだけど、雨の降る日の外出は嫌い。履く靴が限られるから。 心の隅で、原稿を書かなければ、と思いつつ、『ダーティハリー』を、映画解説者のオーディオコメンタリーを聴きながら観る。昨日までは『ダーティハリー2』のほうが面白いと思っていたけれど、観直してみると『ダーティハリー』も、シンプルできりっとまとまっていていい(甲乙つけがたい)。画面がガッと暗くなる夜のシーンとサンフランシスコの青空広がる昼のシーンのコントラスト。ロングショットの多用もいい(スタジアムの空撮は、おおっ、と思った!)。
撮影監督を務めるブルース・サーティースは、他にどんな作品を撮っているのか調べてみると、何本か既に観たものがある。『白い肌の異常な夜』とか、『ビッグ・ウェンズデー』とか。でも、あまり記憶に残っていない。音声解説では、ブルース・サーティースの他に当時有名だった撮影監督というと、ゴードン・ウィリスがいる、と言っていて、こちらは『ゴッド・ファーザー』シリーズ、70年代~80年代のウディ・アレン作品と、映像の美しさが記憶に残る作品がたくさんあった。『ゴッド・ファーザー』は本当に映像が綺麗。
オーディオ・コメンタリーは、オリジナルの音声にかぶせられる形になっていたので、クリント・イーストウッド(ハリー・キャラハン)自身の台詞回しを最後まで聞けた。すごく淡々と喋っているように感じた。山田康雄さんの吹き替え、いいことはいいんだけど、もしかしたら、ちょっと癖が強すぎ?ニュアンス、少し違う?とも思う。英語が理解できない私には、その辺りのトーンのことは判断できず。残念。
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9月×日 あれば嬉しいぐらいのもの
午後の打ち合わせ、私が忘れ物をしたため、来週、もう一度行うことに。 夜、真面目に原稿を書く。エンゲージリングをテーマにした短いエッセイ。指輪に対してさほど思い入れはないけれど、指輪は好きだし、指輪について書くのも楽しい。“生活になくてはならないもの”よりも、“なくても困らないけど、あれば嬉しいぐらいのもの”について書くのが好きかも。香水とか。
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9月×日 秋の始まり
ぽつぽつ雨が降ったり、止んだりの一日。朝、病院に行った後は、『新ルパン三世』(原作コミック)を読んで過ごす。残り3巻。ゴールまでもう少し。
今回、読み直してみて思ったけれど、やっぱり私は、『ルパン三世』は原作コミックが好きだなあ。トリックの出来は回ごとにバラつきがあるけど、絵柄も見開きのコマ割りも独特でかっこいいし(映画みたい)、生活感が全くないところもいい。無駄な会話もなくて、主要キャラクターの関係が淡泊なところも好き(アニメは仲良しすぎる)。登場人物のバックグラウンドがほとんど明かされないところとか。アニメと原作はテイストがだいぶ違う。 夕方、原稿の続きを書く。
休憩にベランダに出たら、綺麗な夕空が広がっていた。
写真に撮って、インスタグラムにアップする。
外に出たとき、金木犀の香りがした。
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9月×日 ダーティハリー3
昨日と打って変わって、真っ青な秋の空。睡眠時間は十分とったはずなのに、頭がぼうっとする。晴れていることだし、少し外を歩こうと思い、銀行へ用事を済ませに行く。月末で混んでいた。タイ料理屋でランチ。 夜、『ダーティハリー3』を観る(当然、吹き替え版で)。
『ダーティハリー』、『ダーティハリー2』に比べると、ハードさは薄らいだ感じ。今回は、相棒が新人女性刑事ということもあり、ユーモラスなシーンもちらほら。ふたりが心を通わせていくあたりは、女性ファンへのサーヴィスか。音楽がラロ・シフリンから、ジェリー・フィールディングに替わったことも、雰囲気の軽さに関係しているかも。
3作目になると、観ているこちらも慣れてきて、ハリー・キャラハンの暴走に対しても、「やってるやってる」としか思わなくなった。最初の『ダーティハリー』の時は、「わ!いきなりガンガン撃ってる!」とハラハラしながら観ていたのに、いまは、“早くマグナム出せばいいのに”。慣れとは恐ろしいものだ。
ラストは、犯人が逃げ込んだ監視塔に、M72 LAW(ロケットランチャー)をぶっ放す(という表現がぴったり)。炎に包まれる監視塔。さすがにそれはやり過ぎでしょ、と苦笑い。 個人的には、ロケットランチャーが―名前は聞いたことがあるけど、どういうものか見たことがなかったので―すごくシンプルなフォルムをしていて驚いた。デザイナーのひとたちが持っている筒型の図面ケースみたい。 それから、『ダーティハリー』で銀行強盗の役だった黒人俳優(アルバート・ポップウェル)、『ダーティハリー2』で別な役(売春組織の元締め?)で登場したけど、『ダーティハリー3』でもまた別な役(黒人過激派のリーダー)で出ていた。『ダーティハリー4』にも登場するのか、気になるところ。ここまで来たら、お約束として最後まで出て欲しい。
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9月×日 台風前
雨。気圧のせいか、ひどくだるく、眠い。夕方、『ルパン三世』原作コミックを、ついに読破。『ルパン三世』全10巻、『新ルパン三世』全12巻、『ルパン三世 単行本未収録作品集』1巻、計23巻・・・読み始めたのは8月の半ばだから、1か月半かかったことになる。面白かったけど、長かった・・・。(以下、内容詳細に触れています) 最終回は、銭形警部の罠にはまったルパンと仲間たちが、孤島に閉じ込められてしまう。その孤島にはたくさんの爆薬が仕掛けられている。銭形警部がその遠隔スイッチを押す。島ごと爆破。ルパンたちは処刑される――で、終わり。たぶん、モンキー・パンチ先生、連載止めたかったんだろうな、と感じるような、ぶん投げエンドなんだけど、私はこの最終回が大好き。何度も何度も読み返している。
何といっても孤島での4人の会話がいい。宝(タイムマシン)が隠されているということで、彼らはそこに来たのだけれど、峰不二子が、タイムマシンが見つかったらどうするか、と問い、ルパン三世は、「オレの誕生日でもさがしに過去にでも行くか・・・」と答える。石川五ェ門は、「かんたんだ・・・!オレを身ごもった瞬間のオフクロに会ってこういうだろうな・・・「オレを生まないでくれ」・・・って!」。次元大介は、「・・・いいたかねェ」。峰不二子は、「ぜったいに未来よ!!そしてアナタ達の死にざまをこの目でとっくりと拝見したいわ」。個々のキャラクターをしっかり出した、うまい台詞だなあ、と思う。
その後、ルパンから、自分たちが死ぬであろうことを告げられる3人(次元大介、石川五ェ門、峰不二子)の淡々としているところもいい。「あ~あ こうなるんだったら もっといろんな男と恋をしておきたかったな~!!」と、峰不二子が残念がるのがたまらない(最後まで俗っぽいところがいい)。そして迫力ある爆破シーン、それを船の上から眺める銭形警部(無表情)、最後の1ページは、波間に漂う次元大介の帽子。徹底して乾いていて、この乾いた感じが良くて、ここまで読んできたんだよなあ、と感慨深い気持ちになった。 夜、『ダーティハリー3』ブルーレイディスクの特典映像『作り手から見た暴力』を観る。映画における暴力シーンが社会に与える影響について、製作側に責任があるか否かというテーマ。最近、興味を持っていることでもあるので、様々な意見が聞けて、短いムービーだけど面白かった。