私のかけら 28  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

4月×日 春のひととき

午後、編集者Yさんとともに、フォトグラファーの涌井駿さんに会う。memorandomで連載していただいている“Give me double whiskey”が終了するので、次の連載についての相談。涌井さんから出てくるアイディアが興味深く、あっという間に時間が経っていた。やりたいことがあるって素晴らしいな、年の話にするのはずるいかもしれないけれど、若いって素晴らしいな、そう思った(涌井さんは二十代)。
翻って自分のことを考えてみると、昨年、本を出版した後は、新しいことに取り組む意欲よりも、身の回りのことを整理したいという気持ちのほうが勝り、専らそちらのほうに時間を割いていた。だから、他人とアイディアの交換をすることも少なかったし、広がっていくヴィジョンではなく、畳んでいくヴィジョンで日々を送っていたと思う。次のステージに進むためには、一旦、身軽になることが必要か、と。年齢的には少し遅いけど、人生の折り返し地点にいるという感覚が、いま、私の中にはある。
そういえば、打ち合わせのとき、涌井さんが行ってみたい国にフランスを挙げていて、そのことも感慨深かった。というのも、パリと東京を行き来していた頃に使っていたフランスの銀行口座を解約しようと考え、ちょうど担当者にメールを書こうとしているところだったから。またヨーロッパで暮らすこともあるかも、と思い、キープしていたのだけれど、なんとなくそのことに現実味が感じられなくなってきたというのがその理由。
この先、フランスに行くであろうひとと、フランスとの縁を片付けようとしている私。違う方向に向く矢印を抱えている者が、テーブルを挟み、コーヒーを飲む春のひととき。面白い。

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4月×日 バランス

昨日の夜、ベッドの中で考えた。生活をシンプルにしたい、という願いをもって一年近く過ごしてきたけれど、無駄を削り過ぎてもいけないなあ、と。そもそも日々の楽しみって無駄によって作られるものだったりもするし。生活は太らせ過ぎてもいけないし、痩せさせ過ぎてもいけない。これから先はバランスを大事に生きていきたい。それが具体的にどういうことを指すのか、うまく説明できないのがもどかしいのだけれど。

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4月×日 新連載

午後、切絵作家タナカマコトさんとmemorandomでの新連載について打ち合わせ。アイディア出しから始まるものと思っていたら、マコトさんが既に二案考えていてくださって、その説明を聞くことに。どちらの案も面白そうだった。いずれにするかはマコトさんにお任せ。スタートするのは早ければ五月。涌井さんの新連載に続き、楽しみがまたひとつ増えた。
帰宅後、memorandomに掲載する作品をチェック。時光美佐さんの旅の写真(四月十三日公開済み)。パタゴニアの雄大な自然に引き込まれる。と、同時に、今年は私もまめに旅に出るようにしよう、と思った。時光さんほどダイナミックな旅は難しくても、近場でもいい、東京を離れる機会を作りたい。
今日の発見:窓辺に置いてあるクチナシ鉢植えに蕾がたくさんついている。嬉しい。

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4月×日 開花メモ

チューリップの季節は終わってしまった。水遣りの回数が足りなかったみたいで、今年咲いたのは埋めた球根の半分ぐらい。黄色の花がよく咲いた。
いま、ベランダで咲いているのは、マーガレット、ゼラニウム、ブルーベリー、クリスマスローズ、クレマチス。世話をするのは大変だけど、多種類咲いていると、やはり目に楽しい。
一方、残念だったのは、今年、沈丁花に蕾がつかなかったこと。日陰に置いていたのが、たぶん敗因。日光に当てる時間が足りなかったのだと思う。ベランダ園芸は何年やっても難しい。

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4月×日 目覚め

午後、Yとお茶。とりとめのない話を長々と。
今週は、毎日、ひとに会っている。この半年、ひとと会うことが億劫になっていたけれど、冬眠から目覚めた感じ。あのひと元気にしているかしら、と、何人かの顔が頭をよぎる。
久しぶりに誰かに絵葉書を出したいと思う。