私のかけら 27  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

4月×日 十年後

午後、喫茶店でコーヒーを飲みながら、この先、自分はどんな暮らしをしていたいのか、考えてみた。一年後、三年後といった近いところだとうまくイメージできないのに、不思議なことに、十年後と設定すると、私の頭の中には、こうありたい、というイメージがむくむくと湧いてきた。十年後の私は楽しそうに暮らしていた。
そして、そのイメージに近づくようにこれからの十年過ごしていけばいいのだ、と思うと、居場所を見つけたように心がすっと落ち着くのがわかった。
考えてみれば、私は若い頃から、十年後、こうありたいから、いまのうちにこうしておく、という判断で行動してきたように思う。近すぎても遠すぎても駄目。思い描くのはいつも大体十年後。時には道草しながら、時間をかけて少しずつ進めていく。それが私には合っているような気がする。

家に帰り、窓の外を眺めると、今日も美しい桃色の夕焼けが広がっていた。この眺めに似合う音楽を、と思い、私はデューク・エリントンのアルバム(『Afro Bossa』)をかけた。「Silk Lace」という曲が、今日の気分にぴったりで、私は何度もその曲を聴いた。
迷いがなくなると、音楽が輪郭をもって耳に入ってくる。ぼんやりしていた時には、音楽への興味が薄れていたけれど、今日はやっぱり音楽が好きだ、と思った。十年後も私はジャズを聴いていたい、と思った。

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4月×日 今年最初のクレマチス

夕方、カーテンを閉めようと窓辺に立つと、ベランダに置いてあるクレマチスの鉢に、小さな花がひとつ咲いているのが目に入った。昨日までは蔓だけだったのに!嬉しくなって、私はカメラを手に取る。写るかなあ・・・。ディスプレイを覗くも、日は沈みかけて、光量が足りない。それでも強引にシャッターを切った。誰に見せるわけでもないのだから、ピントがボケていても構わない。撮った写真を確かめると、暗がりの中に白い花がぼうっと写っている。明日になったら、大きくなっているかしら。クレマチスは、花びらに見える部分が実はがくで、そのがくが成長していく。わかり易く言うなら、咲いた花が日増しに大きくなっていくように見えるのだ。
今日はひとに会う用事もなく、ほとんどの時間を机に向かって過ごした。そんな日にも、植物は私に驚きをくれる。平凡な一日の小さな輝き。

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4月×日 ロングフライト

打ち合わせの帰り、本屋に寄り、次に行く旅行のためのガイドブックを買う。エアチケットは押さえたものの、私はその国のことを、ほとんど知らない。大都会にステイするならば、いきなり訪れてもそこそこ楽しめるけど、古都を巡る移動の多い旅になりそうだから、出発までに少しは知識を頭に入れなければ。久しぶりのロングフライト。何となく緊張している。

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4月×日 年とともに

午後、打ち合わせ。私は説明を受ける側だったので、あまり喋らず。小一時間で終了。帰りにカフェに寄り、ひとり、コーヒーでくつろぐ。
いま携わっているプロジェクトは着々と進んでいる。私が口出ししなくても。私は頑張っていない。全くと言っていいほど。でも、それで済むなら、それに越したことはない、そう思えるようになってきた。頑張るのはその必要があるときだけ。何事も緩急をつけて。それがいいと思っている。
若い頃はそんな風に考えられず、いつもパタパタと走り回っていたけれど。年とともに自ずと考え方って変わるものですね。

それはさておき、新幹線に乗ってどこか遠くへ行きたいなあ。4月中に行けるかなあ。

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4月×日 桜祭り

桜を観に行こうと思い、東北地方の桜祭りを調べているけれど、当然のことながら宿が取れない。去年も同じ理由で諦めたのに、ちっとも学習していない私。毎年毎年、思い立つのが遅すぎる。日帰りで行くという方法もあるけれど・・・新幹線片道三時間、往復六時間・・・一日でこなすのはキツいかな・・・。

今日の午後は次の旅行のガイドブックを読んで過ごした。どこからどこまで移動するのか、地図を見て大体の位置関係はつかめたけれど、歴史を理解していないので、どの都市にどんな個性があるのかはまだよくわからない。出発まで日があるから、少しずつ学んでいきたいと思うけれども。

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4月×日 小さな変化

桜祭りの件、昨日は寝る前に、隣りの市に宿泊先を見つけ、何とか行けそうな方向に。諦めかけていたから、とても嬉しくて、ベッドに入ってからも目がさえて眠れなかった。
旅の手配って、何度してもドキドキする。これで大丈夫かな、間違っていないかな、と確かめながら行うけれど、旅そのものより緊張するかも。
それでも億劫がらず、今年はまめに旅に出るようにしたい。長い旅じゃなくてもいい。国内一泊旅行とか。ひとり旅はもちろん、高齢になってきた母と一緒に過ごす機会も設けたい。
共に旅するひとがいるのは幸せなことだ、と最近は思う。これも以前は感じなかったこと。私の中の小さな変化。