私のかけら 16  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

1月×日 2018年最初の朝

昨日は、お蕎麦を食べた後、映画館に行き、一番前の席でヒッチコックの『ロープ』を観た。
緊張を強いられる室内劇で、気が晴れるような作品ではなかったけれど、観に来てよかった、そう思った。
年末の浮足立った雰囲気から逃れて、映画館の椅子に座る。私はその行為が嫌いじゃない。映画を観て過ごした大晦日は、どの年も私の中で良い印象を残している。

帰宅後、次に行く旅行の手配をし、夜は、年を越してからベッドに入った。なかなか寝付けなかったけれど、眠ってからは楽しい夢を見ていたようだ。その証拠に、目が覚めたとき、私の心はいつになく爽やかで、多幸感に溢れていた。加えて、カーテンの隙間から覗く空は晴れ渡り、差し込む光は明るく眩しい。何もかもが揃った元旦の朝。ああ、いい一年になりそうだなあ。上機嫌でベッドを抜け出し、窓を開ける。そして世界に短い挨拶。
おはよう、2018年。今年一年よろしくね。

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1月×日 ボージャングルを待ちながら

三が日は、のんびり本を読んで過ごした。手に取ったのは、昨秋、邦訳が出版されたオリヴィエ・ブルドーのベストセラー小説『ボージャングルを待ちながら』。ニーナ・シモンの歌う「ミスター・ボージャングル」をこよなく愛し、パーティ三昧の享楽的日々を送る夫婦とその息子(と一羽のツル)の物語だ。正直なところ、初めはボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』を彷彿とさせる、破天荒なその世界に馴染めなかった。どちらかというと苦手かも、とさえ思ったほどだ(エキセントリックなヒロインが登場する話が苦手なので)。けれど、読み進めるうちに馴染めなかったその世界が愛おしく思えてきて、しまいには―後半、物語は悲劇へと転じていくのだが―せつなさで胸がいっぱいに。簡潔に言えば、愛と狂気の物語なのだけれど、重苦しいそれではなく、軽やかでユーモアがある、実にフランスらしい読み物なのだ。こういった本がベストセラーになるのもお国柄という気がする。
ちなみに、調べてみたところ、表紙の挿画は、原書と邦訳版ではだいぶ雰囲気が違う。ダンスしている夫妻のイラストをあしらった原書のほうが、テーマが明確に伝わってくる感じ。けれど、どちらもいい。邦訳版の挿画も無邪気さと儚さが表現されていてなかなか良いと思う。
文字を追う端から映像が浮かんでくる本作、舞台化は既になされ、映画化、コミック化が控えているとのこと、特に映画化は楽しみ。是非、観たい。

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1月×日 仕事始め

仕事始め。スタッフYが風邪をひいているというので、移らないよう、私は事務所に行かず、自宅で仕事。今年最初の出勤日だと張り切っていたのに、拍子抜け。
午後、Kさんとお茶。待ち合わせのカフェに行くと、コートにマフラーを巻いたまま、Kさんが座っている。ここにもまた風邪をひいたひとがひとり。休み中に行った映画館でウィルスを拾ってきたらしい。結局、人込みを避けて暮らしている私だけがぴんぴんしているという結果に。インフルエンザの予防接種を受けておいたのが勝因か。
夜は、オスカー・ピーターソンを聴きながら、年賀状のお返事を書く。自分の字は嫌いだけど、少ない枚数なので一枚一枚手書きする。
今日は天気も良くなかったし、なんだかぱっとしない一日だった。明日に期待。

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1月×日 アニメ三昧

1月5日にNetflixで配信がスタートした新作アニメーション『デビルマン crybaby』を、連休初日に全10話一気に鑑賞。永井豪のギラギラした絵が苦手なのと、昔、原作の『デビルマン』を読んだとき、トラウマ級のダメージをくらったので、恐る恐る観始めたのだけれど、キャラクターデザインが一新されていたし、エグさが原作に比べ軽減されていたので、それほどショックを受けずに観終えることができた(新作にもグロテスクな描写はたくさんあったけど、原作に比べればまだ絵がスマートな分だけ、ね・・・)。個人的な感想をいえば、時代設定が現代へと改変されているのも、私は抵抗なかったし、スピーディな展開で全10話があっという間、原作のラストまで描かれているところも良かったと思う。面白かった。と言いつつ、理解しづらい部分もあり、昨日、今日でもう一度頭から観直しているのだけれど。
それにしても思うのは、いまのアニメって難しい。一話、一話の情報量が多くて、ストーリーも複雑で、展開も早くて、気を抜くと、すぐに置いていかれてしまう。ぼんやりしている私のような人間は、二回、三回と観て、やっと、そうか、こことあそこがつながってるのか・・・と気づくこと、しばしば。集中力の差なのかな、とも思うけど、一回通して観ただけで内容を把握できるひとはすごいと思う。
もはや大人向けのアニメは、のんびりしたひとのためには作られていないんだろうなあ。仕方がないと思って観てはいるけれど、この先、ますますついていけなくなりそうで、少し寂しい。

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1月×日 正月太り

今日は気温が16度まであがった。空もよく晴れて気持ち良く、日の当たる場所を歩いている分には暖かさすら感じた。これぐらいの天気だと、気負わず表に出ることができて嬉しい。東京は冬の気候に恵まれていると思う。
カフェでランチを取った後、二週間ぶりにジムへ。お正月の間、体を動かしていなかったので、太ったのでは、と心配していたけれど、体重を量ってみるとそうでもなく、むしろ少し減っていた。嬉しい。
とは言え、今年の目標は減量ではなく、筋力をつけること。そのためには、運動だけでなく、食べるものにも気を配らなければ。量ももっと摂ったほうがいいと思う。ああ、今年の私は目標がいっぱい!

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1月×日 損な性分

『デビルマン crybaby』を観たひとの感想をネットで拾い読みすると、愛だとか神だとか悪魔だとか人間だとかキリスト教だとか黙示録だとか、深いところまで掘り下げているひとが多くて感心してしまう。と、同時に、つくづく思う。私って本当に浅いところでしか作品を観ていないんだなあ、と。あと、誰が誰を愛していて、みたいなことも、疎いというか、鈍いというか、わかり易く(主人公+相手役)みたいに設定してあれば別だけど、関係がもつれていたり、屈折した感情表現が多かったりすると全然気づかない。情けない話、作品が終わる頃になってやっと、もしかしてそういうことだったのかな?とぼんやりと浮かぶ始末。金額に換算するのは野暮だけど、私は、払ったお金の半分ぐらいしか味わわないで劇場を出てくるタイプだと思う。ひとには得意不得意があるにせよ、損な性分。がっかり。

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1月×日 さえずり

通院日。病院への道を歩いていると、頭上からひときわ大きな、鳥のさえずりが。見上げると街路樹にシジュウカラが止まっている。青空を背景に、枝から枝へぴょんぴょんと飛び移る姿が愛くるしい。カメラを持っていなかったので、残念ながら写真は撮れなかったけれど、いいものを見た、と、朝からウキウキとした気分に。早く春が来ないかな、と、気の早いことまで考えてしまった。

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1月×日 今年最初の展覧会

所用二件。どちらも予想外に早く終わり、午後3時には今日の予定を消化してしまった。喫茶店に入り、コーヒーとケーキで一息つくも、時間がぽっかり空いたので、山種美術館へ『横山大観―東京画壇の精鋭―』展を観に行くことに。
館内は、平日の夕方ということもあり、ひとも少なく、落ち着いていた(いつもこれぐらいすいてたらいいのに)。
展覧会のほうは、というと、横山大観、特に好きな画家でもないので期待していなかったけれど、水墨画には大いに魅せられた。竹を描いた屏風絵も素晴らしかったし、中国を旅した後に描かれたという「燕山の巻」も良かった(どちらも水墨画)。それと、大観ではないけれど、最後のほうに東京画壇の画家として作品展示されていた、奥村土牛の「山中湖富士」も気に入った。奥村土牛の絵は、何を観ても、大らかで色美しい。いつもはっとさせられる。
鑑賞後は、売店で絵葉書(「燕山の巻」と「山中湖富士」)を購入。久しぶりに、誰かに絵を観た感動を伝えたくなった。