私のかけら 15  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

12月×日 切なる願い

年賀状を書くのにも飽きて、午後、母を誘い、お茶を飲みに出た。
急いでいたわけではないけれど、待ち合わせ場所までタクシーで向かった。のんびり車に乗りたかった。
シートに身を沈め、窓から外を眺めていると、信号待ちをしている飼い主の足元で、黒い犬が歩道に積もったイチョウの葉を蹴散らして遊んでいる。その様子が愛らしく、私は慌ててカメラを取り出し、シャッターを切った。黄色と黒のコントラスト。
冬晴れの青空。蜂蜜色の日差し。滑るように車は走る。今年は写真をあまり撮らなかったなあ。カメラをしまいながら、心の中でひとり呟く。切り取られるのを待っている街の景色は、そこここに存在しているのに、足を止め、見惚れる余裕が、残念ながら今年の私にはなかった。来年はもう少し――。そこまで考え、私は笑いを堪える。だって、昨日も同じことを祈っていた。そう、ここ数日、私は毎日同じことを祈っている。そして、明日も明後日も、たぶん、年を越えるその日まで、同じことを祈るだろう。それは私の切なる願い。来年はもう少し――もう少し、リラックスした一年になりますように。

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12月×日 日曜日

何となく元気がでなくて、一日、寝たり起きたり。読み始めた本(『ボージャングルを待ちながら』)も捗らず。

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12月×日 彼女の名前は

今年はクリスマスが近いという感じがしませんね――数日前、ミルクティーを飲みながら、Yさんはそう言った。その言葉に、私も、そうね、と頷いた。他のひとがどう感じているかはわからない。だけど、慌ただしい毎日を送っていたせいか、少なくとも私の心は、クリスマスツリーの前を通り過ぎても浮き立つことはなかった。
それなのに、週末、サニーデイ・サービスの『クリスマス』(リミックスヴァージョン)という曲を聴いていたら、私の中にも、クリスマスの芽のようなものがぴょこんと顔を出した。今年もそろそろゴールだよ、誰かに優しくそう言われているような気がしたのだ。
人込みの苦手な私は、たぶん今年も特別なことはしないだろう(食事ぐらいは出かけるかも)。いつもと同じ時間に起き、いつもと同じ朝食をとる。そして、いつもと同じように散歩に出かけ、喫茶店に入り、お茶を飲む。とは言え、そんないつも通りのことさえも、小さな楽しみになるのがクリスマス。何を着て出かけようかな・・・。早くもその日の服のことを考える。できれば赤いワンピース。足元には金色の葉。その日までイチョウが残っているといいのだけれど。

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12月×日 冬至

クリスマスを控えた金曜日。午前中で年内の仕事を大方終わらせ、家を出る。今日は事務所スタッフYとランチ。バスに揺られ、駅前の店へと向かう。
車窓からぼんやり外を眺めていると、通りのイチョウには辛うじて黄色い葉が残っている。寒いけれど、空が綺麗。冬の東京は日差しが明るい。
時間通りにYは現れ、秋鮭のムニエルを注文。私は今年二度目のカキフライ。食事をしながら、最近、考えていることなどを聞いてもらう。お陰でとっ散らかっていた私の頭の中も少しずつ整理されていき、結論らしきものが。拙いながらも言葉にしてみるものだな、と痛感。Yにも感謝。
帰りに本屋に寄り、雑誌Fの香港特集号を購入。
帰宅後、ページをめくるも、紹介されている店のほとんどが飲食店でがっかり。立ち読みしてから買うべきだったと後悔。

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12月×日 渋谷新宿

Mさん、Kさんと会食。夜11時を過ぎ解散。タクシーで渋谷駅前を通ると、すごい人込みだった。渋谷が少し前の新宿に似てきていると感じる。

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12月×日 紅白梅

クリスマス・イヴ。午後、日本画を観に山種美術館へ。川合玉堂展の最終日。
玉堂の風景画はもともと好きなのだけれど、今回は、金地に紅白の梅とシジュウカラを描いた「紅白梅」という屏風が特に素晴らしかった(玉堂って、こんな素敵な花鳥画を描くのか、という驚きもあり)。
帰りに売店で年賀状用に絵葉書を五枚購入。その後、併設のカフェでお茶。
ふと、隣のテーブルに目をやると、絵葉書にペンを走らせている男性が。その姿をぼんやり眺め、いいなあ、と思う。直筆の文章、郵便を使ったやりとりは、このひとにとって、まだ有りなのね――。それが正直うらやましかった。私も以前は頻繁に絵葉書を出していたけれど、最近はあまり出していない。というか、気後れして出せなくなってしまった。

夜、オスカー・ピーターソンのクリスマスアルバムを聴きながら就寝。

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12月×日 絵葉書

今日のランチはAさんお勧めの店で、Kさんと四川料理。上海蟹とフカヒレのスープが美味。
夕方、映画館でヒッチコックの『第三逃亡者』を観る。サスペンスかと思ったら、テンポの良いコメディだった。
帰宅すると、ポストに絵葉書が。差出人を見るとTさんから。もうTさんへは、葉書や手紙ではなく、LINEやメールを使ったほうがいいのかな、と思っていたところだったから、嬉しい。返事を書かなければ、と張り切る。

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12月×日 二の腕

年内、最後のジム。三カ月ぶりにインストラクターの指導を受ける。二の腕を引き締める運動の仕方を教えてもらう。腕の筋肉がないので、予想以上にきつかった。

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12月×日 プレゼント

夕方、妹に落ち合い、夕食を共にとる。テーブルにつくなり、妹から渡されたのは、二日遅れのクリスマスプレゼント。紙袋を開けてみると、ブルーのサックドレスが入っていた。洋裁が好きな妹の手作り。それに引き換え、私は手ぶら。何か私も持って来れば良かった、と後悔する。
帰りに書店に寄り、本を一冊衝動買い。高田賢三の新刊『夢の回想録 高田賢三自伝』。

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12月×日 灯りの消えた喫茶店

事務所に向かう道すがら、行きつけの喫茶店を覗いたら、今日から年末年始のお休みに入っていた。普段はともっている灯りが消えていて、何となく寂しい。

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12月×日 夢の回想録

高田賢三著『夢の回想録 高田賢三自伝』、読了。KENZOのファンというわけでもないので、特別がっかりもしなかったが、内容的には軽かった。文章から読み取る高田賢三は、良くも悪くも、夢追い人といった印象(地に足がついていない?)。成功も挫折もそのキャラクターが招いたものなのだなあ、と納得。

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12月×日 2017年最後の日

カーテンを開けると、曇り空。東京では、私が目覚める前に初雪が降ったらしい。積もらなかったので、雪を目にすることはできなかったけれど、言われてみれば確かに冷える。
グレイのセーターに袖を通す。今日は2017年最後の日。私が待ち望んでいた2017年最後の日。あと一晩眠れば新しい年になる。私はそれがとても嬉しい。
嫌なことがあったわけではない。自分なりに頑張った、と思える年だった。でも、もう振り返らずに、リセットボタンを押してしまいたい。今年のことは忘れて、次なる一歩を踏み出したい。
新しい年を指折り数えて待っていたなんて、子供みたい、と自分でも思う。笑っちゃう――そう思う。でも、新しい年が私を待っているような気がしていた。白いページを広げて、待っているような。
2017年、今日一日でお別れね。私は、コートを羽織り、ブーツを履いて、表へ出る。今日は今年最後の日。私が待ち望んでいた最後の日。