第1回 僕の家計簿
カレンダーのようなノートに毎日、その日使ったお金の合計額をメモしている。
それを一ヶ月ごとに集計して、その月の収入と照らし合わせる。
僕の簡易家計簿はもう何年も、ギリギリ黒字で貯金はほとんど増えていない。
収入は、というと・・・
シンガーソングライターやピアニストとして音楽活動を始めてもう20年以上経つが、音楽だけで「食えた」ことは一度もない。かといって、就職して会社員を経験したこともなく、大学を卒業してからはずっとアルバイトをしながら、自称・音楽家を続けてきた。
「本業」で生計を立てられていないこと、正社員としての社会人経験がないこと、その二つにずっと後ろめたさを感じながら生きてきた。それでも今まで、好きな事を続けられたのは「音楽以外の仕事」の職場に恵まれていたからだと思う。
今の職場にはもう20年近く勤めている。気が付いたら一番の古株になり、正社員でも学生アルバイトでもない男性のスタッフは自分だけ。相当変わり者であることは間違いないのだが、職場の雰囲気はとても良く、同僚はみんな優しい。長く働いているからだいたいの事は知っているため、それなりに頼りにもされている。若いスタッフも多く、彼らとの会話から自然に流行を知ることができたりするのも作詞や作曲をする僕にとっては、とても貴重だ。大学生のスタッフから「好きなことを続けていてうらやましい」と言われることもある。
とはいえ、この生活をいつまでも続けるわけにはいかない。
10年ほど前、リリースしたソロアルバムが思っていたほど売れず、もうソロアーティストとして成功するのは難しいと感じ、今のアルバイト先に就職しようと志した。自分の中では「二足のわらじ」生活をグレードアップさせるイメージだったが、現実はそう簡単ではなく、自分の能力不足、やる気不足、そして当時の上司との人間関係がうまくいかず、あきらめてしまった。
その後の音楽活動は、他のシンガーのプロデュースやサポートといった裏方的な仕事に路線変更してみた。自分で自分を売り込むのが苦手だった僕には誰かのサポートの方が、向いていたのかもしれない。7年近くかかったが、最近ようやく活動が軌道に乗ってきたようだ。憧れていたアーティストと共演できるような機会も増えた。さらに、休んでいたソロアーティストとしての活動も再開し、もう出せないと思っていた新しいアルバムもリリースした。
職場でも「最近活躍してるらしいですね」と言われる事が多くなった。
先月末、家計簿を集計したら、初めて音楽の収入が音楽以外の仕事の収入を少しだけ上回っていた。
イラスト:伊藤敦志