第7回 『When A Man Loves A Woman / Karen Dalton』

 高校を卒業した後、上京して最初に好きになったミュージシャンがカレン・ダルトンだった。現代のように人工知能が自分の趣味に合った音楽を見つけてくれる時代ではなかったから、レコードショップへ行き、ひたすら試聴することで好みの音楽を探していた。

    ある日、カレン・ダルトンが『Something on Your Mind』を歌う小さく掠れた声が耳元で流れてきた途端、胸をつかれた。そのまま二曲目の『When A Man Loves A Woman』を聴き、さらに参ってしまった。アルバムに所載されていた彼女のポートレイトにも魅せられた。神秘的でやさぐれていた。私が暮らしていた小さな部屋には、笑っている写真の少ないカレン・ダルトンが川の前でポーズをとって微笑んでいるポスターを飾った。大学のブックデザインの課題では、私の好きな女性作家の詩や言葉を集めて本を作った。タイトルはカレン・ダルトンを讃え『When A Woman Loves A Man』と名付けた。カレンは様々なカバーソングを彼女だけの歌声と演奏で表現したが、自分自身が書いた歌詞を歌うことには消極的だったようだ。彼女の詩を読むことができたらいいのにと思う。

 「なんて死に様なんだ」と叫びたくなる偉大なミュージシャンは沢山いる。ロバート・ジョンソンやピーター・アイヴァースは恨みを買い殺害された。カレン・ダルトンは貧困と薬物中毒の末、路上で亡くなったといわれている。そんな悲しいことがあっていいのだろうか。けれどそれも彼女が本能にしたがって行き着いた道だったのか、彼女の言葉を聞くことはできないから知る由もない。死に様ではなく生き様と言うべきかもしれない。彼女の生前のエピソードは、まるで小説の主人公のように深淵な謎と驚きに満ちている。

    コーエン兄弟は、映画『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』によって、1960年代のグリニッジ・ヴィレッジで、音楽史に名を残すことのなかったミュージシャンの数日間を描いた。けれどもそこには、もっと多くの語られることのないドラマがあったはずだ。いや、きっとそんなドラマを求める奴らにカレンは呆れ果て、それでも自由と誇りを捨てなかったであろう彼女の魂が、今も其処彼処で漂い続けているに違いない。