第6回 『Big Chief / Professor Longhair』

 「細野さんが音楽の授業をやるらしいよ!」
 大学二年の秋、私が通っていた学校の夜間部で細野晴臣による音楽の講義が開かれるという噂を聞いた。当時付き合っていた恋人と私は、その話を誰にも口外することなく、講義当日に夜間部の授業に潜り込んだ。こんなにも心が踊る授業が、世の中にあっていいのだろうか。民謡やカリプソ、スウィート・エマ・バレット、古今東西の未知の音楽を流しながら、細野さんが解説をしてくれた。どの音も初めて耳にするものばかりで興奮した。
 なかでも度肝を抜かれ、聴いた途端に気分が高揚した音楽が、プロフェッサー・ロングヘアだった。軽快でエネルギーに溢れたピアノの音色と、官能的な歌声。授業の後、すぐにレコードショップへ行き、彼の遺作にあたるアルバム『Crawfish Fiesta』を買った。それからというもの彼の虜である。街を歩くときも、家の中でも聴いていた。
 あるとき、大学のパソコンルームで課題を進めようと思い席をとった。イヤホンをパソコンに繋ぎ、プロフェッサー・ロングヘアの『Big Chief』を流しながらノリノリで作業を始める。
 二曲目がはじまって暫くすると、背後から肩を叩かれた。
「ちょっと、音漏れてるよ」
 私はイヤホンを外した。すると驚いたことに、張りつめた空気のパソコンルームに、プロフェッサー・ロングヘアのご機嫌なリズムが鳴り響いていた。音は漏れているどころではなく、大音量のBGMと化していた。課題に追われている皆の呆れ返った顔。「次の曲もまた堪らないんだよね」などと言っている雰囲気では全くない。
 隣に座っている女の子は、何故すぐに教えてくれなかったのだろう。私だったら「ねえ、イヤホンのプラグが外れてるよ。ところでその最高な曲はいったい何?」と話し掛けたのに。しかし彼女は気まずそうな顔をするばかりだった。私はばつの悪い思いで、一週間くらい落ち込んでしまった。それから恋人と言い合った。これから先、結婚式や葬式をあげるようなことがあったら、そのときは『Big Chief』を流そうって。