第5回 『にぎわい / 浅川マキ』

 新宿三丁目の駅を降りてスナック街に入ると、新宿ピットインというライブハウスがある。13年前、ここで浅川マキのライヴを見た。満席で席が取れなかった私たちは、舞台と最前列席の隙間に膝を抱えて座り、演者を見上げた。別世界の人のように感じていた浅川マキの姿が目の前にあることに現実感が湧かなかったけれど、いざ声を聴くと鳥肌が立った。
 この頃、『にぎわい』という曲を繰り返し聴いていた。彼女の歌声には物語があった。私は、東京でアルバイトをしながら気楽に暮らしている若者だったけれど、寂れた港町で世を捨てたように生きている、すれっからしの女と男の情景を思い浮かべると、胸が詰まる思いがした。
 ライヴを終えたとき、歩き始めようとした彼女は躓いて動かなくなった。一瞬の間だったと思うが恐ろしく長く感じ、そこに居た皆が凍りつき、手を差し伸べようとした。けれど彼女は誰の手を借りることなく、ひとりでそっと立ち上がった。そして口元に緩みを見せて、優雅に舞台を去った。あの場に居合わせた誰もが、浅川マキと目が合い、自分だけに微笑を送ってくれたと感じただろう。彼女は黒いサングラスをかけているけれど。同時にあの瞬間抱いた不安は消えぬまま、年が明けてすぐ訃報が伝えられた。
 春になる頃、ピットインで行われたお別れ会へ献花に行った。暗い部屋の中、蝋燭の火に囲まれている彼女の肖像写真がぼんやりと見えた。私は浅川マキの歌声を通じて幾つかの人生を垣間見たけれど、彼女自身のことは何も知らないし、想像もつかない。私の目前に居た彼女の姿も、今では全てが幻だったかのように遠く霞んでいる。

① 東京ボンベイ ( キーマカレー ) / 恵比寿

 昨年までサラリーマンを36年間やっていました。週に5日は満員電車に乗って会社に行く。苦痛な時間ですが、食いしん坊なので“今日のランチのこと”を考えて、耐え忍んでおりました。今回からはじまる新連載は、その“ぼくが9,000回以上車中で楽しみながら悩んでいた気持ち”をコンセプトにしました。題して「食いしん坊の会社員が、 20日に一度は食べに行きたくなるランチ店」。毎回一軒、推しメニューとともに紹介していきます。記念すべき第1回は恵比寿のカレー店。店の名前は【東京ボンベイ 恵比寿ガーデンプレイス店】です。猛暑はスパイスの効いたカレーを欲しますからね。ぼくが足繁く通っているカレー屋さんに【デリー(上野店/銀座店)】がありますが、こちらはその流れをくむ店。千葉県柏にある1963年創業の名店【カレーの店 ボンベイ】の東京支店のひとつです。日本人の味覚に調整したインドカレー店だと思います。ですから、あの激辛旨味のカシミールカレーもあるし、インドも、コルマもある。ですが、ぼくはこちらでは「キーマカレー」を注文します。鶏挽肉を使っていてヘルシーだし、香り高いスパイス使いが最高です。ドライ系のキーマを出す店も多いですが、こちらはルー系。辛いのがお好きな方は、店員さんに食券を渡すときに「赤キーマで」とお願いしてください。時間があるなら、近くに東京都写真美術館もありますよ!恵比寿近くで打ち合わせの際はぜひこちらに行ってみてください。

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