第3回 『石 / 鈴木常吉』

 CD用の棚から『ぜいご』というアルバムを取り出す。頭部が電球の男と、少年が描かれたジャケットを開くと、アコーディオンを抱えて河川敷に佇んでいる男が、こちらを見ている。写真の上部に、「鈴木常吉」という、ひょろひょろとした文字がある。隣の頁に目を移すと、「2013年4月7日、あまねさんへ」と書かれている。
 私はこの日、鈴木常吉さんのライヴを見た。舞台はなく、最前列に座っていた私は、常吉さんと膝と膝を突き合わせるようで、落ち着かない気持ちのまま曲の始まりを待った。「常吉さん」と親しげに呼んでいるが、面識は全くない。
 前奏の直前、常吉さんが話していた言葉を覚えている。
「絵描きの友だちに、どうしたらいい絵を描けるんだ?って聞いたら、家から出なければいいんだって言ってましたね」
 友人の名前は言っていなかったけれど、きっと鈴木翁二さんのことだろうと想像した。そして唐突にアコーディオンの音が鳴り響く。歌い出すのと同時に、常吉さんの目からぼろぼろと涙が溢れた。人間は歌うとき生理現象として涙を流すものだ、とでもいうように次から次へと大きな雫がこぼれ落ちた。

 “思いどおりにはならねえな
   近づいてるとも思えない
      ここがいったい何処なのか
      目の前を車が通り過ぎる

      あの日、流れ星が流れて
   我が心に落ちて石となる
   きっと何時かオレも自由になるのだろな”

 目の前にいる私も、当然泣いている。べつに感傷的になっているわけではないけれど、生きているのは悲しいことだと、泣いている。終いには可笑しくなって、けらけらと笑いながら泣いた。
 2013年4月7日、目を赤く腫らしながら、満面の笑みで映った記念写真が残っている。