蒸し暑い夏の夜、少年は家を抜け出し、明け方まで外をほっつき歩いた。水たまりを見つけると勢いよく飛び込む少年の靴は、いつも水浸しで薄汚れていた。少女は目を覚ましたとき、隣で眠っていた少年がいなくなっていることに気付き、ひどく寂しい思いをした。 朝がくると、少年は道端で拾った大きな枝を持って帰ってきた。そして、まるで冒険から戻ってきたかのように目を輝かせ、真夜中の散歩がどんなだったか話すのだった。自分が眠っている間、外は世界の秘密が詰まっているように思えて少女は羨ましかった。少女も寝間着のまま夜明けまで、あてどなく歩いてみたかった。けれども、背後の人影や、道路脇に駐められた車に怯えながら暗い道を歩くのはご免だった。 扉が開かれることのない夜、少女はレコードにそっと針を落とした。真空管ラジオから流れてくるような、朧げなスティール・ギターの音色に耳を澄ませながら目を瞑り、見たことのない遠い遠い国を懐かしんだ。暗い青色の道を行きつ戻りつし、ときにバレリーナのように、ゆっくりと優雅に回転して進んでゆく歩行者を夢想した。そのうちに、外へ出たい心は消え失せ、胸をしめつける音楽の中に身体ごと溶け込んでいった。音に意識を委ね、南国の深く青い海原に浮かび、漂った。やがて少年の大きな枝は、岸に流されていった。少女はそれを手にすることなく、波と共に見えなくなるまで見送った。