-Introduction-

 音楽ほど、人の記憶と密接に繋がっているものはないように感じる。
 過去に見た映画や本のことを思い出すとき、細部を再び思い描くことはできても、当時の私自身の心境は忘れている。
 一方で、ある曲を思い出すときには決まって、一緒に居た人や場所のこと、放たれた言葉、抱いた心情が一挙に舞い戻ってくる。
旋律の力を借りて、それらの光景はより劇的に投影される。

第1回『Two Sleepy People / Fats Waller』

 音楽家の河辺浩市さんとは、ライヴのフライヤーをデザインしたことがきっかけで知り合った。1950年代から70年代に多くの映画音楽を手掛けたトロンボーン奏者で、私とはおよそ60歳の年齢差がある。河辺さんは、決まり過ぎない洒落たスーツにスニーカーを履き、背筋を伸ばして颯爽と歩いた。
 初めてライヴを見た日、河辺さんがピアニストの小林洋さんに「洋ちゃん、いつものやって」とリクエストした。 弾いた曲は、ホーギー・ カーマイケルの『Two Sleepy People』だった。
 帰り際、大好きな曲だと伝えると、河辺さんは「あの曲はいっとう好きなんだ。とくにファッツ・ウォーラーが歌うバージョンが、どうしようもなくいいんだ」と言った。その言葉を聞いて一層嬉しくなり、「私もファッツ・ウォーラーが弾くこの曲が大好きです」と言うと、河辺さんは「あなたは素敵なことを知っているね」と言った。
 飄々として、落語家のように話す河辺さんと共に過ごす時間は楽しかった。河辺さんが居ると、その場の空気がやわらかく、温かくなった。
 出会いから3年ほど経ったころ、電車に乗っているとメールが届いた。
「河辺さんが亡くなりました。今朝、眠ったまま息を引き取ったそうです」
 携帯の明かりを消して、扉に体を預けて目を閉じた。再び目を開けて我にかえると涙が出た。 数日前、開催していた個展に来てくれた河辺さんが「じゃあ、あまねちゃん、またね」と、いつもの微笑みをくださったばかりだった。
 通夜の日、初めて会った河辺さんの奥様は小柄で可愛らしい人だった。写真で見た娘時代の姿は驚くほど美しかった。ある日、学生時代の河辺青年は可憐な姉妹とすれ違った。そしてそのうちの一人の娘に、一目で恋に落ちた。それからいくらも経たぬうち、戦争が起こり家も焼けてしまった。けれど、青年は言葉を交わしたこともないその娘のことが好きで好きで、とうとう探し当て、盲目の恋を実らせたそうだ。それから65年以上の時間を、共に暮らしてきたのだという。そんな相手をふいに失ってしまった奥様は、ぽつりとおっしゃった。
「夢を見ているみたいで信じられない。でも、あの人、浮気はしなかったみたい」
 その話を聞いてからというもの『Two Sleepy People』は私にとって、二人のための曲になった。

“Here we are out of cigarettes
Holding hands and yawning look how late it gets
Two sleepy people by dawn’s early light
And too much in love to say good night”