私は幼い頃から本が読めない。読めたのは、母が揃えてくれた世界の童話全集と飛び出す絵本だけだ。
中学生のころ、『氷の微笑』が話題になり、思春期の私は衝撃を受けた。映画雑誌を読み漁り、大人の世界を覗くようにページをめくった。
芸大に進むと、芸大生ならこういう本を読むのだろうと勝手に決め、周囲をうかがいながら本を読んだ。義務のように、少し格好をつけて。けれど、どこかしっくりこなかった。
今は仕事に関わる本ばかりだ。目次を開き、必要な箇所を探す。本を読むというより、解体している。使える部分を抜き出し、組み替える。
老舗喫茶店で文庫本を開く自分を想像することはある。だが実際に落ち着くのは近所のチェーン店だ。フェイクのレンガの壁紙にコーヒー豆の写真。額縁の紐が見えていて、つい直したくなる。
電源のあるカウンターに四、五冊の本を積む。系統分けする。この店は満席にならない。広げたページの中から断片を拾う。タイプは弾む。
井野敬裕 INO TAKAHIRO M@Mチーフキュレーター
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