RANDOM DIARY:COVID-19 長谷部千彩

コロナウィルスが存在する世界で暮らす一週間。
壊れたiPad。梅雨入り前の園芸作業。
勅使河原宏とトゥーランドット。別れの前夜。
オンラインミーティングはまだ続く。

2021年6月10日(木)

いつもよりも二時間早くかけたアラーム。よろよろと起き上がり、シャワーを浴びる。すぐに支度をと思うのに、体がひどくだるい。バスローブ姿で床に寝転び、ぼんやり。こういう日が終わりなく続くと、ひとは過労死するのだろう。とはいえ、私の忙しさは今週いっぱいで峠を越えるはず。乗り切るしかない。気を取り直して鏡に向かい、メイク。

原稿の続きを書き、時間が来たのでオンラインミーティングに。対面で行うはずだったが、編集者Yさんの申し出で急遽切り替わった。私も今日は体力を温存したかったのでありがたい。
前回持ち帰った案件の進捗状況を報告、二週間後までに進めることを互いに確認。彼女とのプロジェクト、新たなステージに入った気がする。
雑談の中で、投げ売り中古マンション(過疎地に結構ある)を買って、自分で内装工事してみたいという夢を語る。千彩さんがやるなら面白そう、とYさんが煽る。業者に頼んでオシャレな部屋にリノベーションするのが目的ではない。自分で壁を抜いたり、床を貼ったり、ペンキを塗ったり、私がやってみたいのは大きな工作。まあ、妄想で終わると思うけど。

時間がないので、昼食はそうめん。飲み込むようにして食事を済ませ、次のオンラインミーティングの準備。開始時刻の30分前に草稿をSlackにアップする。
前回病欠したWさん、回復したようで、今日はスタッフ全員が揃う。私の出したアイディアでそのまま進むことになり、練り直しも覚悟していただけに心底ほっとした。草稿は、週明けまでに私のほうでブラッシュアップすることに。週末の休みは消えたけど、作業量は少なそう。

次の打ち合わせまで一時間空いたので、タクシーでApple Storeへ。故障のため新品交換となったiPad Proを受け取る。購入して一年も経っていないのにという悔しさはあるものの、保証期間が二週間後に切れるところだったので、その点はラッキーだった。
Apple贔屓ではないのだけれど、仕事も勉強もApple Pencilとノートアプリで手書きする私にとって、iPadは必需品。戻るタクシーの中、ディスプレイに貼る文字用のペーパーライクフィルムをアマゾンで注文。少し前まで2500円ぐらいだったのに、1000円に値下がりしていて驚く。というか、2500円が高すぎでしょ。

部屋で荷物を持ち替え、大急ぎで待ち合わせのカフェへ。税理士Hさんから私のオフィスの決算の報告を受ける。コロナ禍でもそれほど影響を受けずに済んだのは、不幸中の幸い。
Hさんが去ったあと、カフェに残り、ひとり、ゆっくり紅茶とサンドウィッチ。

夜、母の土地の売買契約書類に目を通す。いくつか確認しておきたい点があったので、不動産仲介業者Iさんに、明日電話を下さい、とメールを入れ、就寝。


 
2021年6月11日(金)

朝、エアコン点検。私の部屋のエアコンは天井埋め込み式で、半年に一回、設備業者がフィルター掃除とメンテナンスに来てくれる。それも家賃に含まれている。
点検が終わるのを待ちながら、妹とLINE。「土地の購入者、フェイスブックのプロフィール写真を見たけど、素朴な感じのひとだったよ」と伝えると、早速、妹も閲覧。このひとなら大事に使ってくれそうだね、とふたりで話す。既に更地にしてあるものの、自分たちが育った思い出の場所を手放すことに最後まで逡巡していた妹、(土地を)明るく送り出せそうだ、と吹っ切れた様子に私も安堵。

業者が引き上げたので、ベランダに出て園芸作業。昨日打ち合わせした仕事のどれもがうまく進んだので、時間的にも精神的にも少し余裕が。今日はハーブ苗の植え付けなど。

お昼に園芸作業を切り上げ、シャワーを浴び(埃だらけになるので)、メイク。
午後、W社Iさん、J社のOさん&Sさんとオンラインミーティング。
その後、事務所スタッフYと連絡事項を確認。これもオンラインで。

一段落したところで勅使河原宏特集上映を観に、渋谷シネマヴェーラへ。今日は短編を三本、『東京1958』『白い朝』『1日240時間』を観る。先週、一回来ることができたけど、今週は時間が取れないだろうと諦めかけていたから嬉しい。
勅使河原宏の映画を初めて観たのは、高校生のとき。熱烈なファンではないのだが、なんとなく好きで、DVDボックスも持っている。

帰りに東急百貨店屋上の園芸店へ。花苗、ココヤシマット、支柱などを購入。5000円以上買うと無料配送してくれるので、必要なものをまとめて、と思ったが、合計4900円と100円足らず。種でも買えば良かったのだろうけど、面倒になってタクシーで持ち帰ることに。散財してしまった。
夜、パセリとレモンとツナのスパゲティ、トマトとバジルのサラダ。

食後、途中まで観ていた映画『ストーンウォール』を流しながら、領収書の整理。映画のほうは、史実とだいぶ違っているんじゃないの?と首を傾げるストーリーになっていた。
今日は休日のような一日を過ごしたので、明日は真面目に働こうと思う。


 
2021年6月12日(土)

品切れ店続出の無印良品の『エイジングケア薬用リンクルケアクリームマスク』、好奇心で注文しておいたものが、朝、届いたのだが、開封すると『エイジングケア薬用美白クリーム』だった。驚いて注文メールを確認したが、間違えたのは私。容器を統一するのはサステイナブルかもしれないけれど、購買者はこういう失敗をしやすいから悩ましい。同時に、美容液もクリームも使い切っていないうちに、興味本位で新商品に手を出そうとした自分に対する戒めかも、などと反省してみたり。

身支度を整え、ベランダで園芸作業。週末中に書かなければならない原稿があるけれど、こうして無関係なこともやらないと、逆に煮詰まってしまう。理由はわからないけれど、土を触っていると、頭が空っぽになる。私にとって植物との暮らしとは、水を遣ることだけではない。土に触ることも含まれている。

今日はクチナシの花が咲いた。毎年、いくつもの蕾をつけるのに、今年はひとつ。それもなかなか開花せず、もうダメかな、と思っていたのに・・・。そのけなげさに感動。そろそろ鉢増しが必要だったのかも。

夜、とある企画のリサーチも兼ね、ミニマリズムに関するドキュメンタリー動画を何本か観る。
広告に振り回されての過剰購入を見直すのは良いと思うけど、CDもいらない、DVDもいらないと言って捨て、ドヤ顔でいるひとを見ると、このひとたちは確実に配信されるようなタイトルだけで満足できるということなのだろうか、と疑問も湧く。


 
2021年6月13日(日)

注文しておいた洋蘭用肥料と園芸用土が届き、植物の手入れに精を出す。梅雨入り前にやっておきたいことがたくさんある。

午後、資生堂パーラーのクッキーを食べながら原稿を書く。
途中、不動産仲介業者Iさんから電話。売買契約に必要な追加書類の連絡。母から預かっているファイルを開き、該当物を探す。まだパソコンのなかった時代、昭和中期の書類はどれも手書き。紙もいまのものとは違う。当時の物価や金利などがわかって興味深く、じっくり眺めてしまう。

夜、牛久保秀樹・村上剛志著『日本の労働を世界に問う ILO条約を活かす道』読了。
いまの日本の労働問題ってかなり深刻な状況なんじゃないかと気になり、読んでみたのだけれど、腑に落ちることが多かった。例えば、日本は労働時間短縮に関する条約はことごとく批准していない、とか(批准すると、実現しなくてはならない)。


 
2021年6月14日(月)

お昼から始まるオンラインミーティングのために、早朝から机に向かう。
準備した原稿をもとに担当者と検討。問題なく進み、先方が作業する三、四日間、私はこの仕事については休めることに。
アニメ『どすこいすしずもう』『メガロポリス2』『東京リベンジャーズ』の最新話を観ながら昼食。週末も休みなしで来たけれど、ここで一息という感じ。

午後、シネマヴェーラへ行こうかとも考えたが、事務所に届いた『ミッドナイトスワン』のサンプル盤(Blu-ray)を観ながら、滞っていた事務仕事を黙々と片付ける。
トランスジェンダーを主人公にしたストーリー、本編よりも特典動画での監督の饒舌ぶりのほうが印象に残った。制作者自身による解説というものは、貴重な裏話と思える場合もあれば、本編の補足が過ぎて蛇足と感じる場合も。


 
2021年6月15日(火)

今日も朝から次々と宅配便が届く。エルメスのリップスティック。園芸用肥料。でも、ベランダ用のスツールは届かない。宅配便業者が私が不在なものと勘違いして持ち帰ってしまった。家にいたのに。

寝室を掃除しながら、録画しておいたTV番組『100分de名著』を観る。今月はレイ・ブラッドベリの『華氏451度』を取り上げている。ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオン』、カール・マルクス『資本論』、フランツ・ファノン『黒い皮膚・白い仮面』、寺田寅彦を取り上げた 「天災と日本人」の回、三島由紀夫『金閣寺』、そしてブラッドベリと、この半年、私好みの選書が続いている(渋沢栄一の回はいまいちだった)。

この番組はよく観るけれど、当たりはずれが大きいところが面白い。唸らせられる解説者もいれば、凡庸な解説者もいる。また、朗読者にも上手い人、下手な人がいて、下手な人の朗読は、全く頭に入ってこない。ちなみに、今月は感心するほど朗読が上手い。
来月はボーヴォワールの『老い』を取り上げるという。解説は上野千鶴子さん。内容が内容だけに誰が朗読するのか気になる。楽しみ。

夕方、海外在住のライターKさんとオンラインミーティング。予定通り一時間で終わったので、大急ぎで渋谷シネマヴェーラへ。勅使河原宏特集上映、短編作品『十二人の写真家』を観る。木村伊兵衛がスナップ写真を撮っている姿が不審者そのもの。いまの時代なら「絶対通報されるって!」と止めたくなるほど怪しかった。それから、他の写真家たちがみな写真について語っているのに、土門挙だけ延々食べ物の話をしていた。

帰りにセンター街のIKEAに寄り、白いボックスを購入。進行中の仕事のファイルを仮置きしておくためのもの。いま使っているボックスが歪んできたので。IKEAはあまり好きではないけれど、ネットでくまなく探しても希望のサイズのものが見つからず、一番近いのがIKEAのボックスだった。デザイン的には妥協。
帰宅後、配信で映画『教誨師』を鑑賞。俳優達の迫真の演技に圧倒される。古舘寛治さんが、本当にストーカーに見えて恐ろしい。

今週末は多分仕事が入るだろうから、今日と明日はできるだけ休んでおきたい。
カトレアの鉢植えにピンクの蕾。


 
2021年6月16日(水)

朝、渋谷シネマヴェーラへ。勅使河原宏特集上映、11時から『アントニオ・ガウディー』、12時半から『秘蔵映像集』を観る。
私が今回の特集上映で最も楽しみにしていたのがこの『秘蔵映像集』。リヨンのオペラ座で勅使河原宏が演出/美術を手がけた『トゥーランドット』の稽古の様子、これがどうしても観たかった。というのも、このオペラの上演当時、私はパリに住んでいて、『pariscope』(パリの情報誌)の片隅に公演情報を見つけたのだが、インターネットのない時代、渡仏したばかりの私には、地方都市のオペラのチケットを入手するのは難しく、断念せざるをえなかったという思い出がある。だから、数十分の記録映像であれ、それが観られるというのは、やっと叶う三十年越しの願いなのだ。

鑑賞した感想は――やっぱり生で観てみたかった!竹を使った舞台セットとか、観世榮夫の振付とか。
あの頃、『トゥーランドット』を勅使河原宏に演出させるなんて、フランスのオペラ座は野心的だなあと感心し、日本もいつかこんなユニークな企画を立てる日が来るのだろうか(人材は豊かなのだし)、と思ったりもしたけれど――全く来ていない。残念。

映画館を出てN病院へ。かねてから気になっていた気管支の異変、精密検査の結果、喘息の疑いとのこと。前回もらった薬のおかげか、咳は止まったので、日常生活に支障を来すことはなくなった。この一年、咳をするたびに「コロナじゃないので」と言い訳せねばならず、いたたまれない思いをすることも多かったので、治療が始まり、ほっとしている。発症したのは、一昨年のアルゼンチン旅行でジャングル観光をした直後。そういうところで菌を吸ってしまうことはあるんですよ、と先生。菌って何だろう。ジャングル菌?

次の検査の予約を入れ、薬を受け取り、また渋谷へ戻る。建築家Mさんとカフェでお茶。庭で成ったというびわの実をもらう。好物なので嬉しい。
隣のテーブルの大学生らしき男女3人が、マスクもせずに談笑していて怖かった。
花屋に寄ってから帰宅。

明日はいよいよ母の土地の売買契約締結日。寝る前に、書類など持参するものを準備・確認。
家族みんなで時間をかけて考え抜き、出した結論。お金が必要だったわけではない。子供たちがそれぞれ忙しく、空き家を管理し続けることが難しくなったというのが手放す理由。だから、買い手がついた喜びよりも、寂しさのほうがずっと大きい。
でも、それぞれの暮らしを営む兄妹が母のもとに集まって、相談して、決めて、荷物を片付け、家を解体し、土地を売りに出して――ここまで来るのに四年かかったけれど、かけがえのない経験だった。最後まで小学生の姪が、「売らないで!あそこは私の思い出の場所だから!」と抵抗していたっけ。
こうして気がかりだったことを少しずつ整理して、人生の後半、自分の時間を増やしていこう、と思う。これからはもう少し執筆の時間が作れるだろうか。そう願ってはいるけれど。