私のかけら 53  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

12月×日 12月の読書

午後、映画を観に行こうと思っていたのに、タイミングを失い、外出せず。寒くて億劫だったというのもある。週末に届いた本、遠藤比呂通先生の『希望への権利――釜ヶ崎で憲法を生きる』を部屋で読む。36歳で憲法学者のキャリアを捨て、釜ヶ崎の日雇い労働者の人権問題に取り組む弁護士となった著者の軌跡を綴った本――と書くと、他人ごとのようだが、遠藤先生とは、私が20代の頃、交流があった。いまは疎遠になってしまったけれど、本に出てくる出来事のいくつかを、当時、私は、先生から直接聞かせていただいている。未熟な私は、へえー、そういう問題が世の中には存在しているのかあ・・・、と相槌を打つばかりだったけれど、先生の話は、いつも興味深く、私に刺激を与え、思考の成長を大いに促してくれた。私が人権について意識的に考えるようになったのは、先生との出会いも影響していると思う。

この本については、私が編集者だったら、ここをこうするなあ、と思う点が何か所かあった。不満ではなく、アイディアが浮かんだ、という感じ。でも、それは自分の本で生かせばいいと思っている。来年は、社会に対して感じていることも、少しずつ書いていきたい。段々と、そういう気力が湧いてきた。

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12月×日 ピアソラ 永遠のリベルタンゴ

午後、渋谷ル・シネマへ、ドキュメンタリー映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』を観に行く。中学生の頃からピアソラを聴き続けているファンだけど、んー・・・という感じ。全体的に感心しなかった。ピアソラの演奏シーンももちろんあるけれど、ソール・ライターの映像(写真)に音楽を流しているシーンなどもあり、イメージビデオを観に来ているわけじゃないのに・・・とモヤモヤ(曲と写真の雰囲気は合ってはいたけど)。それと、この作品、ピアソラの息子が語り手なのだけれど、音楽家の人生を紹介するにあたって、語り手が家族というのは、そもそも適任なのだろうか?という疑問も湧く。夫婦の亀裂や息子との衝突が、音楽家としての人生に影響があったかどうかは、本人でなければわからない。二番目の奥さんのことはほとんど触れられていなかったけれど、案外、そちらのひとの存在のほうが大きかったりするかもしれないし。それ以前に、第三者でいいから、もっとピアソラの音楽そのものについての証言を聞かせて欲しかった。家族のプライヴェート・フィルムは減らしていいと思う。劇中、使われている曲の選びもいまいち。監督の力量なのでしょう。劇場で観る意味はなかった。残念。

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12月×日 アニメとマンガ

昼、広東語のレッスン。年内の授業は今日で終わり。

午後、漫画家あらごんさん、彼のパートナーMさんとお茶。アニメ&マンガ談義を楽しむ。私のまわりにアニメ&マンガ好きのひとがいないので、あらごんさんたちとのお喋りはとても楽しい。モンキー・パンチ先生ほど、男性キャラクターの体毛を律儀に描く漫画家はいないのではないか、とか、そんなニッチな話に終始。

今年後半は、オノ・ナツメさんの作品を随分読んだり観たり(アニメ)したけど、その後、『ルパン三世』とモンキー・パンチ作品にはまってしまい、他の新作アニメ、マンガにはほとんど手がつけられなかった(漫画アクション創刊を追ったドキュメンタリーマンガ、吉本浩二著『ルーザーズ~日本初の週刊青年漫画誌の誕生』の第一巻は読んだけど、モンキー・パンチがデビューして人気漫画家になるまでを描いているから、広い意味ではモンキー・パンチものと言えるかと)。アニメ版『BANANA FISH』も途中まで観て止まっている。意識低い系マンガ、サレンダー橋本著『働かざる者たち』も、読もう読もうと思いつつ、後回しに。お正月休みに消化できるといいけど、どうかな。

来年は、コツコツ原稿を書き続ける日々になりそうだから、息抜きにくだらないブログをやってみたい、とあらごんさんたちに話す。マンガとアニメと映画と動画と本の感想を、メモ書きみたいに綴るブログ。

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12月×日 来年の仕事

S社編集者Sさんと打ち合わせ。書いてみたいテーマをいくつか話す。一年半も、ぼーっと暮らしていたのに、一緒に仕事を、と誘ってくださるSさんに感謝。来年前半は、真面目に机に向かおうと誓う。

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12月×日 僕らはもっと繊細だった。

午前中のうちに眼科へ。眼鏡を新しく作る。黒いフレームのものにした。いままで使っていた眼鏡のフレームが壊れてしまったので、その修理とレンズの交換も頼む。合計すると結構な金額に。ここのところ出費が嵩んでいるので、少し節約しなければ。

ランチを取った後、バスに乗って、御殿山の原美術館へ。リー・キットの個展「僕らはもっと繊細だった。」を観に行く。会期残り三日。滑り込みに近い。
リー・キット、2015年に開催された「The Voice Behind Me」展@資生堂ギャラリーも観ているけれど、このひとの作品、やっぱり好きだなあ。良かった、というより、好き、という感想。勝手な思い込みだけど、自分と興味があることが似ている気がする。同時に、このセンスは東洋人特有のものかも、と思ったり。リー・キットの作品、中国茶、感じるんだよね・・・。
展覧会への不満は、作品数が少なかったこと。もっと彼の作品を観たい。

美術館のカフェでロイヤルミルクティー。また、香港をぶらぶらしに行こうかなあ、とふと思う(リー・キットは台湾在住香港人)。
今年は、香港へは一度しか行かなかった。毎月行っていた時期もあったのに、随分減ったなあと思う。そして、香港に行っても、あまりそのことを書かなくなった。いろいろと思うところあって。
私は、香港が好きだけど、香港に関するものなら何でも好き、というわけではない。これはどうなの?とか、それは好きじゃない、と思うものもいろいろある。そして、香港だけが好きなわけではない。他にも好きな街がいくつもある。もしも、また香港について書くとしたら、そういう距離感を大事に書きたい、と思うけど・・・まあ、そのうちに。気が向いたら、書きます。

美術館を出た後、そのまま大森へ向かい、ルキノ・ヴィスコンティ監督『若者のすべて』を観る。上映最終日なのでこれも滑り込み。DVDを持っているけど、大きなスクリーンで観たくて。『若者のすべて』を初めて観たのは、14歳の頃。新宿の劇場で。鑑賞後、一週間ほど、何をしていても心虚ろだったことを覚えている。それぐらいドーンと胸にくる作品だった。その頃は、好きな監督はヴィスコンティと答えていたなあ。懐かしい。当時買ったパンフレット、たぶんまだ持っていると思う。解説の執筆者は淀川長治氏でした。

余談だけど、『若者のすべて』には、アニー・ジラルドが出演している。私にとってパリの女性のイメージってアニー・ジラルド。
さらにどうでもいい話。この映画にクラウディア・カルディナーレも出てるけど、『ルパン三世』2ndシーズンの最初の頃の峰不二子と顔の造形が似ていた。輪郭線、頬骨の高さ、眉毛、口元・・・わー、不二子!って思った。

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12月×日 私は、マリア・カラス

朝、S駅(母の家の最寄の駅)まで母を迎えに行く。改札で落ち合い、渋谷へ。今日は、ドキュメンタリー映画『私は、マリア・カラス』の公開日。bunkamuraル・シネマで初回上映をふたりで観る。
母がマリア・カラスのファンだったので、家にレコードがあり、高校時代、よく聴いていたけど、マリア・カラスの歌、ドラマティック過ぎて、当時の私には、重いと感じる部分もあった(部屋で流しておくには情感が溢れ過ぎている)。でも、映画の中で久々に聴いて、カラスの歌は、やっぱりすごい、素晴らしいと感激。鳥肌もの。不世出のスターだなあ、こんなひと、もう出てこないだろうなあ、と深く思う。
ただ、彼女の人生については、カラスとカラスの母親の間に確執があったせいだと思うけど、30歳も年上の男性と結婚したり(彼は彼女のプロデューサー的な仕事をし、成功への道をサポートした)、夫を捨て海運王オナシスとの恋に走ったり、そしてオナシスに裏切られたり(オナシスはカラスと9年間も交際していたのにジャクリーン・ケネディと電撃結婚)、その上、オナシスの希望でよりを戻したり(でも、オナシスはジャクリーン・ケネディと離婚せず)、恋に生き、と言えば美しいけど、男性に影響受けすぎるところがある。スクリーンを観ながら、“どっちの男でもいいから、仕事頑張れ、カラス!”と、もどかしい気持ちに。あんなに才能もあり技術もあったのにもったいない・・・。
オナシスは、歌はそんなに頑張らなくてもいいよ、みたいなことを言うひとだったようで、そこもカラスは嬉しかったのだろうけど(その気持ちも理解できるけど)、オナシスはカラスの音楽的才能には興味なかっただけじゃないの?とも思うし、難しいね。仕事を持つ女としてはどちらの男といるのが幸せなのかしら。最初の夫は女としてはあまり魅かれなかった。でも、才能に惚れ込んでくれてスターへの道を伴走してくれた。一方、オナシスは女としては魅かれた。でも、キャリアにはいい影響を及ぼさなかった(しかも別な女と結婚した)。まあ、私の人生じゃないから、どうでもいいけど。

映画鑑賞後、ランチ。うなぎ。食後、カフェに移動し、お茶。母は、映画を観ながら、声楽を勉強していた学生時代を思い返した、と言っていた。カラスの最後の日本公演のとき、子育てでそれどころじゃなかったけど、いま思えば観に行けばよかった・・・とも。私たち兄妹の世話のために・・・すみません。

他に、話題は、最近読んだ本の感想、甥が、将来、本に関わる仕事がしたいと言い出したこと、私の来年の執筆テーマなどへと移っていく。辺野古新基地建設に反対するホワイトハウスへの請願署名のことも話し、やり方を母に説明する。母のスマートフォンで署名までサポート。

お茶の後、書店に立ち寄り、姪へのプレゼントの本を購入。ブルーノ・ムナーリの『木をかこう』と『太陽をかこう』。私から一冊。母から一冊。クリスマスプレゼント用の包装にしてもらう。

携帯電話の充電用ケーブルを失くして困っていると母から聞いていたので、家電量販店へ。ビビッドなピンク色のケーブルがあったので、これなら失くさないんじゃない?と見せ、買って渡す。

渋谷駅のホームまで付き添い、母を電車に乗せ、私も帰宅。
なんということのない母娘の休日だけど、楽しかった。

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12月×日 2018年最後の更新

毎週更新を目標に続けてきた「私のかけら」は、2019年から不定期更新という形になる。その代わり、エッセイやショートストーリーをもっと書く予定。memorandomでの連載「大人になること」も復活させる。インスタグラム、ハニカムブログも継続。できれば水牛にも復帰したいと思っている(掲載情報はインスタグラムかツイッターで流すようにします)。

2018年は、香港は一度しか行かなかったけれど、フランスとクロアチアを訪れたのがいい思い出。アドリア海、綺麗だった。あまり書かなかったけれど、国内旅行もまめにしていたので、2019年も引き続き、東京脱出を重ねたい。旅エッセイも書けたらいいな。

目指すは、たくさん読んで、たくさん観て(見て)、たくさん歩いて、たくさん書く生活。

2019年もよろしくお願いします。