第8回 食に関する3つの幸運
「自分は運がいい」と思うことが、人生に良い影響を及ぼすのだという。
私には食べることに関して「運が良かった」と思うことがいくつかある。
一つ目は小学 6 年の担任の先生が給食を絶対に残してはいけない、という方針だったこと。
5 年生までの私は給食を残すことに何の抵抗もなかった。
6 年生になり担任が代わり、若い女性の先生で特に怖いというわけではなかったが給食を残してはいけないというポリシーだけはかたくなで誰も抵抗できず、みんな苦手な料理があると給食当番に少なめによそってもらうなどして乗り切っていた。
私は特に好き嫌いがあったわけではないのでそこまで苦労はしなかったが、「絶対に残してはいけない」というプレッシャーを感じながら 1 年間過ごしたおかげで食べ物を残すことに抵抗を感じるようになった。
そう思えるようになったことはその後の人生に良い影響を及ぼしたと思う。
ただ、この教育方針が良かったのかどうか、今考えると正しいとは思えない。
強制すべきではなかったし、一人一人の事情に配慮すべきだったと思う。
たまたま自分にとっては結果的に良かったという、それだけの話です。
二つ目は 4 歳年上の姉が思春期に差し掛かった頃、急に食べ方にうるさくなったこと。
例えばスープを飲む時にズズッと音をたてて飲んだりしたら注意されるようになった。
私はまだ小学生だったので何も気にせず食べたり飲んだりしていたが、姉に注意されるのが怖いので従っているうちに音を立てずに食べるという作法を学んだ。
それがその後の人生に良い影響を及ぼしたのは言うまでもない。
そして自分自身もすっかり、他人の食べ方や咀嚼音を気にする人間になってしまった。
三つ目は、母がとても料理上手で毎日おいしい料理を食べて育ったこと。
もちろん母の作った食事を残したことは(小学 6 年生以降は)一度もなかった。
いま私は毎日のように自炊しているが、計量スプーンもはかりも持っていない。
すべて目分量で適当なのだがいつもおいしく作れているのは母の手料理を食べて育ったからなのではないかと勝手に思っている。
ただ、母から料理を教わったことは一度もなかった。
実家で母と一緒に暮らしていた時はまったく料理をしなかったから。
今思えば母の得意料理を一つか二つぐらい教わっておけば良かったと思う。
そして、母の料理の写真を 1 枚でいいから撮っておけば良かった、と自炊の料理写真をインスタグラムにアップしながら、いつも思っている。
イラスト:伊藤敦志