旅の記憶、映画の鍵
維倉みづき

第六回 ブンミおじさんの森

タイの古都アユタヤ、チャオプラヤ川沿いの草地に広がる煉瓦作りの寺院、ワット・チャイワッタナラームは、約400年前に建てられ、約250年前に隣国との抗争で徹底的に破壊された。つい30年前まで手付かずで放置されていたそうで、野晒しの廻廊には頭部と両腕が無秩序にもがれた石像が並ぶ。その背筋を真っ直ぐ伸ばして座る姿は品良く穏やかで、破壊されていても仏像であることが一目瞭然。私はそれまで、仏像と言えば大切に保存されている様子しか知らず、損なわれたままの姿に見てはいけない姿を見たかのように戸惑った。遠慮がちに一体一体を追ううち、どんな姿になろうとも仏であり続ける佇まいに覚悟の念を感じ、両手を合わせた。

映画『ブンミおじさんの森』は、タイの鬱蒼とした森の隣で暮らすブンミおじさんに起こるお伽話。ある日、ブンミおじさんの病気を気にかけて都会から義理の妹と親戚が訪ねてくると、夜には森から遥か昔に亡くなった妻と行方不明になった息子が姿をあらわす。生きている人間たちは、死んだ時の姿のままの妻と、精霊となり、変わり果てた姿の息子の登場に驚きながらも、静かに優しく会話を重ね、昼夜を通じて皆で時間を共にしてゆく。この世を舞台にした物語でありながら、あの世が地続きの体温のある世界に感じられる作品。鑑賞中、私の頭には戦時中を生きた祖父母たちの姿が浮かんでいた。