第3回 口紅と女

日比谷駅、証明写真ボックスの外にいた。パスポート更新のため、撮りたくないが仕方ない。証明写真の出来上がりを待つ時の、緊張と忌忌しさの混じる感情は、いったい何だろう。自分の顔の気に入らない箇所など、とっくに諦めのついたはず …


第2回 亡命とマシュマロ

俄羅斯咖啡,俄羅斯軟糖。台北のロシア料理屋の窓際で、それが何かわからないままオーダーした。ロシアン・コーヒー、ロシアン・マシュマロ。 私は甘いものを食べる能力が低い。マシュマロ、一口だけ欲しいのですが、とマダムに言うと、 …


第1回 臨死と食欲

金曜の夜になると南に向かう電車に母と乗り、山あいの鄙びた病院で週末を過ごした。高校生の頃だった。記憶のカメラはなぜか病室の天井にあって、俯瞰で室内を捉えている。ベッドに横たわる残り時間の少なくなった祖母と、窓辺の椅子で退 …