旅の記憶、映画の鍵
維倉みづき

第三回 ムード・インディゴ うたかたの日々

よく晴れた5月のパリ。坂を上りきってパンテオン広場に出た途端、刺すような風が吹き抜けた。目に入る光の強さと肌で感じる風の冷たさが結びつかず、狐につままれた気分で広場を進む。程なく、吹き荒れ続ける風に捕らわれ、目を開けていることも真っ直ぐ歩くことも難しくなり、身の危険を感じてパンテオン向かいの教会に逃げ込んだ。

教会の中ではステンドグラスが床を彩っていた。ある壁には、ステンドグラスを通った陽射しが更にシャンデリアにも当たって帆船のような絵を映し出していた。静まり返った教会の中で、帆船はぼやけたりくっきりしたり不規則に姿を変えてゆく。ステンドグラスの向こうでは、風が次々と雲を運んでいた。

ミシェル・ゴンドリー監督『ムード・インディゴ うたかたの恋』では、陽射しが様々な色と影を主人公、コランの部屋に映し出す。光と影が踊るたび、私は推理を楽しむ。あらゆるものが変幻自在に動く物語の中で、何を通ってきた光なのだろうと想像を膨らませる。でもそれも、物語が幸せな時だけ。銀幕の中が苦しかったり悲しかったりすると、私の心は物語を受け止めるだけで精一杯になってしまう。