私のかけら 34  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

6月×日 枯山水

日本に戻り、数日しか経っていなかったけれど、京都へ行ってきた。友人に会ってお喋りして、ついでに少し観光もできたらいいな――その程度の軽い旅。初日に、お寺をひとつ見学(東福寺)、夕飯を友人と取り、今日は、嵯峨・嵐山のトロッコ列車に乗って、それから、渡月橋まで歩き、桂川を眺めてきた。とても暑かった。
昔は仕事で京都に行く機会が多々あったけれど、用事を済ませたら即帰京というパターンだったから、観光するのは修学旅行以来。大人になったいま見れば、枯山水にも感動するかしら、と期待していたのけれど、やっぱりよくわからなかった。だって、砂を水と見立てて、というのはわかるけど、やっぱり本物の水のある庭のほうが涼やかで良くない?
結局、私が心動かされたのは、お寺の青紅葉、トロッコ列車から見た保津川、竹林、桂川と嵐山、自然の生み出す緑色(保津川の水の色も緑色だった)。寺院建築への興味は一向に芽生えず。「みんな茶色いなー」、「みんな大きいなー」という言葉しか浮かばなかったのだから、お寺巡りには向いていないのかもしれない。それとも、わからないなりに見物を続けていけば、段々と理解できるようになるのかな。どうなんだろ。

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6月×日 夜は短し歩けよ乙女

京都に泊まった夜は、折角だし、ホテルのベッドでアニメーション映画『夜は短し歩けよ乙女』を観た(舞台が京都)。アニメ版『四畳半神話大系』がいまいち楽しめなかったので、大丈夫かなあ、と不安半分だったのだけれど(映画版『夜は短し歩けよ乙女』と『四畳半神話大系』は、原作、監督、主要スタッフが同じ)、こちらのほうはとても楽しめた。物語が90分にぎゅっと詰め込まれていて盛りだくさんなところがいい。テンポが良く、最後まで全然飽きさせない。原作は一年を追った話らしいけど、映画ではその一年に起る出来事を一夜の物語に仕立て直していて、そのため、作品がより幻想的になっている。不思議な国のアリスみたいだなあ、と。私は京都に詳しくないし、住んでいるひとが観たら、また違った感想を持つのかもしれないけれど、私には全編を通して京都の雰囲気が満ち満ちているように感じた。京都って観光地だからかもしれないけど、夜もぶらぶらとひとが歩いているイメージ。暗い闇の中、あちこちにぼんやりとあかりが灯っているイメージ。

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6月×日 じっと手を見る

パリにいる間、小説を二冊読んだ。窪美澄さんの『よるのふくらみ』と『じっと手を見る』。どちらも読み易かった。私としては、『よるのふくらみ』のほうが終わり方がロマンティックで好みかな。ただ、この二冊、構成や登場人物がよく似ている。それは別に悪いことではないけれど、続けて読んだのは失敗だったかも。二冊目を読み終わる頃には少し飽きていた。
窪美澄さんの小説って、登場するひとたちが、みんな息苦しさを抱えていて、読んでいてちょっとつらくなる。ラストにはいつも小さな光が用意されていて、救いがないわけではないのだけれど、本を閉じたとき、私が読みたかったのは、こういう小説だったのだろうか、と考え込んでしまう。
『じっと手を見る』も、富士山の見える街で暮らす介護士の若い男女が主人公で、ショッピングモールで過ごす休日について書かれていたりして、たぶんそれは地方都市の現実を巧みにうつしとったものなのだと思うけれど、私が住んでいる街とは違い過ぎて、読んでいても、わかったようなわからないような、不確かな感覚が拭えない。まあ、そんなこと言ったら東京を舞台にした小説以外、読めなくなってしまうし、小説を通して世界を広げることもできるはずだから、読まないよりは読んだほうがいいのだけれど。
結局のところ、私は、どんな暮らしをしていても、生きていれば、息苦しさのようなものは誰しもどこかで感じているだろうから、せめて小説を読んでいる時間は、そこからふっと解放されたい、と願っているのだと思う。時間が経てば、またその考えも変わるかもしれないけれど、とりあえず今日思っていること。

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6月×日 おおかみこどもの雨と雪

細田守監督の作品を観てみようと思い立ち、寝る前に、『おおかみこどもの雨と雪』を鑑賞。おおかみおとこの子供を身ごもった若い女性が、子育てに奮闘する話(説明端折りすぎ?)。野山を駆け回る子供たちが可愛かったけど、観終える頃にはちょっとくたびれてしまった(子供のいる生活に慣れていないので)。子育てって大変・・・お母さんって本当に大変・・・。
映像はとても綺麗。富山の里山を舞台のモデルにしているらしいけど、自然や四季が美しく描かれていて、日本もいいなあ、としみじみ思った(ヨーロッパから帰ってきたばかりなので余計にそう思った)。日本の山の深い緑が好き。