私のかけら 32  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

5月×日 シャンプー

打ち合わせの帰り、ドラッグストアに寄ってシャンプーを買った。どれがいいのかわからないので、聞いたことのある名前のものを買った。
普段は、とあるサロンシャンプーを使っている。値段は決して安くない(私の感覚では)。私の髪に合っているのか、うまくまとまってくれるし、不満はない。けれど、髪の毛を洗うのなんて、こんなに高いものでなくてもいいのでは、とも思っている。だから、シャンプーが切れるたび、ドラッグストアで手頃な価格のものを買う。これで済めばいいんだけどなあ、と思いながら。そして、使ってみる。けれど、やっぱりしっくりこない。結局、使い切る前に、馴染みのサロンシャンプーに逆もどりする。ドラッグストアで買ったシャンプーは無駄になる。これをずっと繰り返している。十五年以上も。
私が長い間、同じシャンプーを使っているのは、こだわりではないと思う。惰性だと思う。手頃な値段の、かつ、自分の髪に合うものを探し出す根気がないから、ひとつのシャンプーに留まっている。
考えてみれば、エスティローダーの洗顔用石鹸もそう。シャネルのリップクリームも。ウォルフォードのタイツも。フェラガモの靴も。最近失くしたファーバーカステルのシャープペンシルも(多分、また同じものを買うと思う)。満足しているから使い続けているという事実とともに、新しいものを探したり、試したりするのが億劫で使い続けている一面もある。少なくとも私は。
こだわりと惰性って、案外近いところにあるものなのかもしれない。

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5月×日 柘榴色のリップ

連休中は夏みたいな天気だったのに、東京は昨日からまた寒くなった。しまい損ねていたニットのセーターを着ている。
今日は広東語のレッスンへ。帰りにデパートに寄って化粧品を買った。SUQQUのリップペンシルのレフィル。いままで使っていたものよりも、一段深い、赤みのある色を選んだ。試しにつけてみると、顔色が少しだけ明るく見えた。いい色が見つかって良かった。
最近、似合う色が変わってきたと思う。髪型を変えたせい。それだけじゃない、年のせいもあると思う。洋服についても同じことを感じる。似合う服が変わってきている。服が欲しいわけではないのに、服を買う必要に迫られている。

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5月×日 悩み

美容院へ行き、パーマをかけてもらったのだけれど、どうやら失敗したみたい。気に入らないです、と言って、ウェーブを少し落としてもらったけれど、印象はさほど変わらず。美容師さんとの相性が悪いのだろうか。担当者が変わってからずっとぎくしゃくしている。悩む。

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5月×日 ハッピーエンド

久しぶりに小説を読み始める。窪美澄さんの連作短編集『水やりはいつも深夜だけど』。まだ二編しか読んでいないけれど、どうやら家族/家庭が連作のテーマになっているらしい。でも、私には子供もいないし、家族/家庭に起こりがちな問題にぶつからずに過ごしてきたこともあって、あまり内容にリアリティを感じられなかった。もし、この小説が、俗にいう“あるある”なエピソードを散りばめた話なのだとしたら、私にはよくわからないけど、みんな随分とストレスを感じながら暮らしているのだなあ、と思う(ママ友とのつきあいや義両親との同居など)。だから、これはいまのところの感想だけど、自分の生活圏内にはないストレスをグイっと押し付けられたような気がして、正直、読んでいて、重いなあ、と憂鬱になってしまった。とはいえ、物語が暗い終わり方をしているわけではない。ちゃんと落ち着きどころが用意されている。だけど、同時に、現代の小説におけるハッピーエンドって、苦い現実に(前向きな)落としどころを見つけるってことなのかな、とも思う。何かをきっかけに登場人物たちが少し明るい気持ちになった、ぐらいが現実的でエンディングとしてはいいってことなのかな、と。