私のかけら 26  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

3月×日 夕焼け

週末からつらつらと書き綴っていた原稿が仕上がった。うまくまとまるか心配していたので、完成して嬉しい。締め切りまで数日あるから、一晩置いて、読み直してから送稿することに。 時計を見ると、午後五時半。清々しい気持ちで桃色の夕焼けを眺める。太陽が沈むのが日に日に遅くなっている。

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3月×日 未来の話

Kさんとコーヒーショップでお茶を飲んだ後、天気が良かったので公園のベンチでお喋り。日焼け止めを塗って来なかったのが悔やまれるけれど、暖かな陽が射して気持ち良かった。
そして今日も私は未来の話を。と言っても、別に輝かしくもなんともない先の話。人並み程度に長生きしたい、とかなんとか。Kさんは話につきあってくれたけど、おかしな話をしていると思われただろうな。
去年、Iさんが50代で癌にかかったと知ってからというもの、私は、おばあさんになるまで元気でいられるだろうか、とか、そんなことばかり考えている。健康について気にかけるようになったのはいいことだけど、少しIさんの病と死に影響を受け過ぎていると思う(今年一月にIさんは亡くなってしまった)。

公園を出てKさんと別れた後は、散歩がてら、歩いて区役所まで書類を取りに行った。桜の他にも、歩道に置かれたコンテナや張り出した庭木に花が咲いていて、まさに春という感じ。
帰宅後、仕事に取り掛かる前に、ベランダ作業を少し。ブルーベリー、三本あるうちの一本、枯れたと思っていたのに、芽吹いていて驚く。生命力の凄まじさ!

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3月×日 花粉症

花粉症ではないはずなのに、昨日から鼻がグズついている。目にきていないだけいいけれど、発症してしまったのだろうか。
昼、広東語のレッスンへ。今日の課題は、食堂で使われる略語について。いつもより簡単な内容で、先生を頼らず読める部分もあった。嬉し。

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3月×日 ぼんやり

日記を見返すと、去年の3月30日に単行本の校正済み原稿を印刷所に入れたとあるから、一年前の私は一生懸命机に向かっていたのだろう。もはや遠い昔のことみたい。
今年の私は桜を見てはぼんやり。椿を見てはぼんやり。仕事も最低限しかしていない。
なんだか変な感じ。いつも何かしらしているタイプだったのに。
でも、ジタバタしても仕方がないと思っている。長い人生のうち、一年ぐらいこんな感じでもいいか、とも思っている。ぼんやりし尽くしたら見えてくるものもあるかもしれないし。
仕事の合間に、ジム。夕方、事務所スタッフYとお茶。今週書いた原稿の感想を聞く。

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3月×日 ふたりの話題

美容院にてパーマ&カット。
帰り道、バスに乗ったら、うしろの席に座っていたおばあさんふたりが、ずっと遺言の話をしていた。「遺言書いてる?」「書かなきゃと思ってるんだけど、まだ書いていなくて・・・」「息子から書いておいてねって言われているのよね」等・・・。会話の雰囲気がカジュアルで、「確定申告もう済ませた?」みたいな感じで話しているのが面白かった。それぐらいの年になると遺言も身近な話題になるのかな、と思ったり、私も将来、そんな会話をお友達とするようになるのかなあ、と想像したり。

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3月×日 お花見

Rさんとお昼に待ち合わせ。桜を眺めながら散歩をする。コースは、四谷→市ヶ谷→飯田橋→市ヶ谷。途中、コーヒーショップでカフェラテ休憩一回。シートを広げてのお弁当休憩一回。約三時間、たっぷり陽に当たった(きっとまた日に焼けた)。桜はだいぶ散っていたけれど、その代わり、花吹雪を楽しめたので満足。お花見、間に合ってよかった。

市ヶ谷駅でRさんと別れ、帰宅。家の近所の喫茶店へ。今日二度目のコーヒーを飲みながら、散歩中にしていた考え事の続き。