私のかけら 14  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

12月×日 Night Lights

昨日の夜は、ナット・キング・コールのアルバム『Night Lights』を聴きながら、来年のことをぼんやり考えていた。この頃、先のことばかり考えている。

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12月×日 普段着の土曜日

よく晴れた土曜の朝。仕度を済ませ、買い物に出る。手に入れるべきものは、シャネルのリップクリームとエスティローダーの洗顔用石鹸。どちらも、もうすぐ使い切ってしまう。
シャネルでは、新色に魅かれ、ネイルエナメルを衝動買いしてしまった。ブルーのセーターに合わせたら良さそうな、深いグリーン。
その足でビックカメラに向かい、取り寄せを頼んでおいたPC用スピーカーのACアダプターをピックアップする。
パスタのランチをとった後は、寄り道せずに帰宅。
洋服を見なかったせいだろうか、今日は全体的に地味な買い物だった、とバスに揺られながら思う。
午後は、トッド・ラングレンのアルバム『Something/Anything?』を聴きながら(懐かし!)、部屋の掃除。姿見をみっちりと磨く。

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12月×日 無口な一年

今年は本をあまり読まなかった。今年は洋服もあまり買わなかった。旅行もあまり行かなかった。ひとにはそこそこ会っていたけれど、編集者のひとばかりで、お友達と遊ぶということは少なかった。本は一冊出版したけれど、全体的には地味な一年だったと思う。でも、ささやかな達成感が、私の中にはある。というのも、私が今年、もっとも時間を割いていたのは、自分の暮らしを見つめ直すことだったから。具体的に言うと、この一年、生活の中のあれこれを、これからの人生にとって必要そうなものと必要でなさそうなものとに分け続けていたのだ。さらに言えば、いま備えていないものでも、今後必要になりそうなものは、この機会にちゃんと手に入れておこう、と思い、奔走する年でもあった。まるで階段の踊り場みたいだな、と思う。先に進むため、方向転換するため、そして休憩を取るためにある小さなスペース。私は一年、そこにいた。上りもしなかった。下りもしなかった。ただ、そこに時間をかけて留まっていた。思うことはたくさんある。考えさせられたこともたくさんある。だけど、他人に報告するほどのことでもない、と、胸にしまっておくことが多かった。人生、いつでも饒舌というわけにはいかない。そういうことを学んだ年。誰に誇れるわけでもない。傍から見たら、雑事に追われているだけの日々。けれど、私には節目の年だった。大事な大事な年だった。

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12月×日 異状なし

午後、先々週受けた区の健康診断(がん検診)の結果説明を聞きに行く。取り立てて不安を感じていることもないし、大丈夫だろうと思っていたけれど、実際、何の異状もなく、5分で診察室を出ることに。喜ばしいことなのに、あまりに説明が手短だったので、30分もかけてここまで来たのに、と、無駄足を踏んだような気に(無駄足ではないのだけれども)。
病院を出てバス停に向かって歩いていると、通りに面した花壇に薄紫色のバラが。検診を受けた日には蕾も目につかなかったのに、今日は冬の空に咲き誇っている。
昼食をとっていなかったことを思い出し、バスで駅まで戻り、洋食屋に入る。この冬初めてのカキフライ。
食後、コーヒーショップへ移動。暖かいカフェ・ラテを飲む。紙カップのデザインはクリスマス仕様。店内にもクリスマスソングが流れている。

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12月×日 冬の眼福

通りに出ると、頭上から、イチョウの葉がはらはらと降って来た。東京の並木の黄葉は12月の初め、まさにいま。歩道も黄色い落ち葉で覆われている。
今日は生憎曇り空。でも、グレイと黄色の彩りも、青空に負けず劣らず美しい。黄色い葉は、空がどんな色であっても、軽やかなコントラストを生み出すから好き。

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12月×日 よいお年を

広東語のレッスンの後、K病院へ。子宮がん検診の結果を聞きに行く(一昨日聞きに行ったのは、肺がん、胃がんの検査結果)。予約時刻から待つこと20分。名前を呼ばれて診察室に入り、3分ほどで退室。本日も私の体は異状なし。心配はしていなかったけれど、それでも問題ないと聞けばやっぱり嬉しい。
今年は、区の催す検診をすべて受けるつもり。いまの自分を、体を含めて、どんな状態にあるのか、ひとつひとつ確かめたいと思ったから。

病院を出た後、Pホテルに向かい、編集者Wさんとアフタヌーン・ティー。最近、考えていることなどを聞いてもらう。半年ぶりに会ったということもあって、たっぷり3時間話し込む。駅で別れるとき、今年初めて「よいお年を」という言葉を口にした。師走ですねえ。

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12月×日 雲の流れ

午後、memorandomのミーティング。ここ数週間、Yさんと煮詰めていたアイディアを実行に移すことに。どこまで続けられるかわからないけど、とりあえず挑戦してみようと話し合う。
来年、memorandomは、少し変わる。ゆったりしていた雲の流れが速くなる、そんな感じの変わり方。

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12月×日 冷たい雨

午後、口腔がん検診(本日も無事クリア)。
夜、冷たい雨が降る中、母と現代音楽のコンサートを聴きに行く。
プログラムは世界初演作品がずらり。
久しぶりのクラシック音楽を堪能する。

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12月×日 風邪と読書

昨日、帰りの電車で移されたのか、鼻風邪を引いてしまった。頭がぼーっとする。
それでも、少しでも仕事を進めようと、日中、机に向かっていたのだが、ミスが多く、効率悪し。
夕方、葛根湯を飲み、本を片手にベッドに入る。
若竹千佐子著『おらおらでひとりいぐも』。
編集者Wさんに頂いた本。今年の文藝賞受賞作。

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12月×日 勘違い

夕方、ベランダの鉢に水を遣っているときに気がついた。・・・クロッカスが芽を出している!
ここのところの好天を春と間違えているのだと思う。これから寒くなるというのに、うまく冬を超えてくれるのだろうか。植え付けて一か月も経っていないのに、早くも不安が。

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12月×日 今年の挑戦

美容院で髪を切る。前回の仕上がりがいまいちだったので、今日はいつになく美容師さんにたくさんの注文を出した。
ストレートパーマを止めて半年が経つけど、いまだに髪型迷走中。毎朝、鏡の前に立つ度に悶々としている。こんなに悩むのなら、ストレートのショートボブに戻してしまおうかと考える日もあるけれど、地毛(くせ毛)を活かした髪型に変えるというのも、今年挑戦してみたことのひとつなのだから、諦めずにもう少し模索を続けてみようと思う。
そういえば、今日、Rさんに会ったとき、来年からmemorandomの更新頻度が上がることを話してみた。更新が月、水、金の曜日固定になることも。すると、Rさん、「覚えやすくていい」と好反応。その言葉に、にわかに自信が湧いてくる。

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12月×日 おらおらでひとりいぐも

若竹千佐子著『おらおらでひとりいぐも』読了。
74歳の女性・桃子さんを主人公に「老い」について書いたこの小説、シンパシーを覚えるには年令が若干遠く、方言を用いて綴られる文章が読み進める上での負担にもなり、私には理解の難しい内容だった。でも、侘しく語られがちな老齢のひとり暮らしの日常~未来が明るく描かれているのは良いと思う。頭の中でたくさんの自分が会話する、というアイディアも面白かった。それと、74歳の心中を理解するのは難しかったが(作者は60代)、自分よりも年上の主人公の身に起ることはいろいろと興味深かった。この先、自分もぶつかる問題なのだろうか、と想像してみたり・・・。とは言え、やはり、もう少し自分の年齢に近い主人公の小説が読みたいかな。何か私にちょうどいい小説があればいいのだけれど。

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12月×日 潤い

グラフィック・デザイナーMさん、memorandom編集Yさんと三人でお茶。Mさんはアイスティー、Yさんと私は暖かいミルクティー。今年は自分にとってどんな年だったか、という話になる。
そのことは、このところずっと考えているけれど、今日、Mさん、Yさんの一年の話を聞いているうちに、私は、自分に冷たく接した一年だった、と思うに至る。やらなければならないことを精一杯こなして、それなりに成果もあげたけれど、反面、自分を楽しませる余裕がなかったというか。無駄がなさすぎて、心にたくさん擦り傷を作ったような。やっぱり潤いって大事だよね、と三人口を揃える。

喫茶店で解散した後、私は香水の展示会へ。今日試した中では、来年二月に発売されるブルガリの「スプレンディダ マグノリア センシュアル オードパルファム」と、昨年発売されたクリードの「オード パルファム プリンセス ウード」が良かった。この頃、フワフワした香りよりも、温かみのある香りに魅かれる。

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12月×日 気の流れ

建築家の友人Mさんと渋谷でランチ。
寄り道せずに帰宅し、午後、動かなくなった浴室換気扇の修理に立ち会う(新しいものと交換)。作業は40分ほどで終了。入れ替わりで、今度はエアコン業者のひとがやって来て、来週以降で行う工事の下見をする。室外機がガタついてきたエアコン、こちらも丸ごと新しいものと取り換えてもらう予定。年の瀬に工事が続き、面倒だと感じる反面、年内にファンを回転させるものがふたつも新しくなるなんて、何となく気の流れが良くなりそうで、その点は嬉しい(こじつけ?)。

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12月×日 三周年

ウェブマガジンmemorandomも、今日(12月15日)でなんと三周年。明日から四年目に突入する。ここまで長かったような気もするし、短かったような気もするし・・・。でも、三年間を振り返るよりも、どんな四年目にするか、そちらのほうにいまは興味が向いている。例えば、去年は期間限定ショップをやらなかったので、来年はショップ、もしくはそれに相当するようなものができたらなあ、とか。そうでなければ、読者の方とお会いする場を設けられたらなあ、とか。いや、それ以前に、更新頻度があがるということが、既にドキドキものなのだけれど・・・。
ちなみに、「私のかけら」も、月に二回だった更新が、来年からは毎週に。ちゃんと滞りなく書き続けられるか、本音を言うと不安・・・。ともあれ、あまり構えず、リラックスしてやれたらいいな。今年は、雑事に追われ、潤いもユーモアも欠けていたので、来年は何事も楽しみながらやっていきたい。それが2018年の目標です。