私のかけら 11  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

10月×日 明日は選挙

毎日雨ばかり降っている。ベランダのつまみ菜は、小さな芽がふたつ、みっつ、頭をもたげているものの、すくすく育っているとは言い難い。日照不足。気温も低い。毎朝、どんより曇った空を見る。無事、食べられるまで成長するといいけれど。
明後日には台風が来るという。天気予報は雨マークが並んでいる。明日は大丈夫なのだろうか。衆議院選挙があるというのに(私は三日前、期日前投票してきたけれど)。

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10月×日 台風一過

台風一過。一日晴れた東京の夕暮れが綺麗。

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10月×日 Cavatina

朝起きてからずっと、頭の中でスタンリー・マイヤーズの「Cavatina」が流れている。静かで美しくて、でも、少し悲しい曲。昨日の夜、部屋でマイケル・チミノ監督の『ディア・ハンター』を観たせいだ(「Cavatina」は『ディア・ハンター』のテーマ曲)。
遠い昔に観たときには、子供だったし、正直、意味がよくわからなかった。最初のロシアンルーレットのシーンだけがとにかく強烈で、それ以外は記憶から消えていた。でも、昨日観直したら、結婚式のシーンにも、鹿狩りのシーンにも、なぜあんなに長い時間を使うのか、よくわかったし、(ベトナム戦争への)出征前と復員後を緻密に描いていることも理解できたし、完全に引き込まれてラストシーンでは涙が出そうになった。そして、ベッドに入ってからも、最後のロシアンルーレットのシーンが何度も思い出され(クリストファー・ウォーケン・・・!)、今日は今日で、映画の中のお話なのに、まるで自分の友達が本当にひとり消えてしまったかのような錯覚に陥って、物憂い気分で一日を過ごした。
戦争は、戦争に行ったひとはもちろん、行かなかったひとの人生をも変えてしまう。そして変えられてしまった人生はもうもとには戻せない。『ディア・ハンター』は、そういうことを教えてくれる映画。ひどく残酷な青春映画。戦争が嫌いになる映画。

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10月×日 理由

おととい観た映画、『ディア・ハンター』がどーんと胸に来て、昨日一日しょんぼりしていたので(いい映画だったけど)、今日は気分を変えて、お洋服を買いに出かけた。ラックには冬物ばかりがかかっていて、秋の服はごく僅か。すぐに着られるような軽めの服が欲しかった私は少しがっかりしたけれど、それでもシルクのスカートにグリーンのセーター、白いカットソーを選んで買った。いつも接客してくれる店員さんはいなかった。
その後、午後の約束が迫っていたし、紙袋も抱えていたので、タクシーで家に戻ったのだけれど、台風前の東京には暖かな秋の陽が射していて、私は、そんな街の景色を車窓から眺めながら、今日買った服を褒められたら、「これ、戦争映画を観たら、悲しくなって買っちゃったの」と告白するのかな、と考えた。
そういえば、『ディア・ハンター』では、メリル・ストリープがブルーのニットを着ていて、それが金髪に映えて素敵だった。戦争の映画なのに、女優の衣装にはっとしてしまうなんて不謹慎かしら。

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10月×日 十一月の目標

買ったばかりのセーターを着て、表参道へ。五カ月ぶりにMさんに会う。夏の間に髪型を変えたので、驚かれる。本音を言うと、ストレートのショートボブをやめて三カ月が経つけれど、ウェーブのあるスタイルに、私自身、馴染めてはいない。遠慮しながらつきあっている感じ。そのうち、しっくり来るようになるのかしら。母も妹も、新しい髪型のほうが明るく見えると褒めてくれるけれど。

ランチのあとは散歩がてら渋谷まで歩き、ビックカメラに用事があったので寄って、それからバスに乗って帰宅した。コートを持たずに出てきたので肌寒かった。

それにしても。今月はあまり日記を書いていない。特に後半は机に向かう時間がとれなかった。それはいろいろと取り掛かっていることがあって、気持ちが落ち着かないからなのだけれど、でも、十一月はもう少しましな暮らしになると思う。心境の変化や小さな発見はたくさんあるので、できるだけそれを書き留めておきたい。そのための時間を作りたい。私の十一月の目標です。