私のかけら 10  長谷部千彩

――これはかけら。季節のかけら。東京のかけら。私のかけら。

10月×日 暗闇に金木犀

雑誌の取材を受けた帰り道、歩いているといい匂いが流れてきた。暗闇に金木犀の香り。
今日、枝野幸男が新党を立ち上げた。名前は立憲民主党。

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10月×日 うろこ雲

朝、病院へ行くために表へ出ると、空にはうろこ雲が浮かんでいた。思わずカメラを取り出し、写真を撮る。少し冷たい秋の風。昨日、一昨日と、体調を崩し、寝込んでいたので、外を歩くのが気持ちいい。
診察までの待ち時間、カフェでコーヒーを二杯飲む。

夜、ルー・ドナルドソンを聴きながら仕事をしていると、スマートフォンに速報が。今年のノーベル賞文学賞はカズオ・イシグロが受賞とのこと。カズオ・イシグロの小説、久しく読んでいないなあ。最後に読んだのは『夜想曲集――音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』だから、2010年頃。もう7年も経っている!

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10月×日 昨日の夜は

昨日の夜は、『ブレードランナー ブラックアウト 2022』、『2036:ネクサス・ドーン』、『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』(『ブレードランナー 2049』の前日譚となる短編三本。ウェブで無料公開されている)を続けて観た。『ブレードランナー』は、わりと好き、ぐらいの映画だけど(熱狂的なファンというわけではない)、もうすぐ公開になる続編『ブレードランナー 2049』はそれなりに楽しみにしている。

寝る前には、山口文憲の『香港 旅の雑学ノート』を読んだ(読了)。いまの香港とは様子の違う部分もあるけれど、読み物として十分面白い本だった。
“香港での正しい時間のつぶし方というものは、結局あのきちがいじみた表通りと、あのとてつもなく猥雑な裏通りを、ただフラフラと歩きまわることしかないと思う。街へ出ること――<出街 ちゅっ・がい>がすべてだ。”――これは、第一章の書き出しだが、まさにその通り、と頷くことしきり。
それにしても、あとがきを読んで驚いたのは、著者が、広東語が喋れない、と告白していることだ。一年の滞在で新聞は読み下せるようになった、とあるし、煙草ぐらいは広東語で買えるようになった、と書いてあるから、まるでだめ、ということではなかろうが、広東語が喋れないとは思えないほど香港という街に馴染み、暮らしを楽しんでいる。うらやましい。

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10月×日 明日の天気

連休中日。Rさんと代々木公園でピクニック。二時間ほど木陰でお喋り。次の選挙のことなど少し話す。
Rさんと別れた後、私はひとり園芸店へ。ヒヤシンスの球根を六つ買う。今年は四色育てる予定。残りふたつはプレゼント用。球根を分けてあげたいひとがいる。
クロッカス、チューリップ、水仙、ムスカリ・・・今日行った店には、秋植えの球根が揃っていた。でも、私はまだ冬に育てる花を決められずにいる(優柔不断)。プリムラ、スミレの花苗は手に入れるつもりだけれど・・・。
買い物を終え、喫茶店に寄る。コーヒーを飲みながら、調子が悪くなったエスプレッソマシン、いい加減、買い替えなければ、とぼんやり思う。ネットで注文してしまおうか。欲しい機種は決まっている。
タクシーで家に帰り、窓を開けると、ちょうど日が沈む頃。窓辺に腰掛け、ジェームス・テイラーの『One Man Dog』を聴きながら、しばし暮れゆく空を眺める。明日は、何をして過ごそう。何の約束もない休日。今日みたいに晴れるといいな。

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10月×日 真夜中のショッピング

「(咲いたら)春、楽しいよ?」
園芸仲間のひとことに背中を押され、とうとう決意。秋植えの球根を買うことに。真夜中のネットショッピングは楽し。あれこれ花の写真を見比べて、結局、チューリップとクロッカス、フリージアを注文する(チューリップとクロッカスをダブルデッカー植えにする予定)。ついでにヴィオラの苗も三鉢ほど。チューリップはころんとした形の一重咲きが好き。

今日は朝から綺麗に晴れて園芸日和。ヒヤシンスの水栽培の準備を済ませた後、エプロンに帽子、マスクに手袋、日焼け止めクリームを塗ってベランダに出る。今日の作業は、床を掃くこと、プランターの雑草を抜くこと、要らない土を土嚢袋に片づけること。種蒔き用の土も用意しなきゃ。球根が届く前にやるべきことはたくさんある。
久しぶりの土いじりに熱中にしていたら、あっという間に夕方に。今日も東京は美しい夕暮れ。表し難い充実感。もう園芸は規模縮小しようと思っているのに、やっぱりやり出すと、植物はいいなあ、と思う。雑草を観察するのさえワクワクする。日焼けもするし、埃だらけになるけど、心が洗われる感じ!

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10月×日 種を蒔く

夕方、植物に水を遣るついでに、プランターに種を蒔いた。
手のひらに小さな粒のつまみ菜の種。野菜を作るのは久しぶり。以前は、ルッコラをよく作っていたけれど、ここ一年半ほど(野菜作りは)休んでいたから。
パラパラと蒔いたら、土をかぶせ、水を撒く。種の入っていた袋には、二、三週で収穫できると書いてある。ということは、数日もすれば、芽が出てくるのね。
植物は、発芽と開花の時期が好き。どちらも驚きと喜びがあるから。

そういえば。今日も夕日が綺麗だった。ビルの陰に沈んでいく太陽がまるで丸いオレンジみたいだった。日中の気温は高かったけれど(28度!)、夕焼けを見ると、秋だなあ、と思う。十月、東京は五月にならんでいい季節。私は春と秋が好き。

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10月×日 夜のつづき

今日は八代亜紀さんのニューアルバムの発売日。八代さんがジャズを歌うシリーズの二作目。タイトルは『夜のつづき』。私は封入されたブックレットにショートストーリーを書かせていただいた。
シリーズ第一作『夜のアルバム』では片岡義男さんが書かれているということで少し緊張したけれど、八代さんの歌の雰囲気に合わせて、普段は使わない小道具を使ったりして、割と楽しく書けた一編。今頃、購入された方に読まれているかも、と思うと照れくさいけど・・・。
ひと足先に聴いたアルバムは、前作よりも明るい仕上がり。ライヴも楽しみ。早く生で聴きたい&観たい!

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6月×日 牡丹雪

昨日は、打ち合わせの帰り、山種美術館に寄って『上村松園―美人画の精華―』展を観てきた。とても混んでいた。改めて上村松園の人気を見せつけられた、という感じ(女性客が多かった)。私自身は、美人画よりも花鳥画のほうが好みだけど、久しぶりにお気に入りの一枚、『牡丹雪』が観られたので満足。『牡丹雪』は、構図がグラフィカルなところが好き。色使いもモダンで素敵だと思う。
ミュージアムショップには寄らなかった。部屋に絵葉書のストックがたくさんある。ちなみに日本画の絵葉書は、常に手元に置いておき、季節に合わせて選んで使う。当然、この絵葉書(『牡丹雪』)は、冬の日の便りのためのもの。いままで何枚買い足したかわからないぐらい好きな作品。

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10月×日 気まぐれ

雨が降っているけれど、窓は開けたままにしておく。
満開の銀木犀の香りを嗅ぎたいから。
ベランダのアップルミントを摘んで、ハーブティーを淹れる。
昨日の夜は、なかなか寝付けなかった。
悩みごとなんて何もないのに。
グレイのカーディガンを羽織る。
東京は急に肌寒くなった。
気温15度。気まぐれな秋にふりまわされている。